以上の理由から、ロシア連邦最高裁判所部会は、イルクーツク州裁判所の1995年5月31日付の判決は維持され、州行政庁及び州議会の破棄申立てはこれを棄却する、と。被告側は、訴訟手続上の原告適格の有無を争ったのであるが、最高裁判所は、州裁判所の判決の論旨にもふれて、それを支持したのである。
以上に見るように、いずれの判決も、直接に地方自治憲章を援用しているわけではない。州裁判所の審理において、原告側が立論の根拠のひとつとして、この地方自治憲章の条項をあげ、その違法性を争ったにすぎない。しかし、地方自治体の財政について、またはその執行について、地方行政機関の人事、機構の自律的決定は、きわめて重要な位置を占めていることを軽視するわけにはいかないであろう。原告側が、こうした地方自治の原理の確保を主張するために、ヨーロッパ地方自治憲章を引き合いにだしたのには、十分な根拠があるといえよう。もっとも、純法律的には、この州法が制定されたのは、1995年2月であり、ロシアがこの地方自治憲章に署名したのがそのちょうど1年後であったことを考えれば、裁判所において、その条項が直接的に援用されなかったことには根拠があった。
重要なことは、イルクーツク州法において、行財政にかかわり、いわゆる「二重の従属」の原理がいまなお直接的に生きており、広域団体(構成主体)と地方自治体のあいだに地方自治体の財政と人事における従属関係が存在していたことである。「ウドムルト問題」でも表面化した共和国、州に対抗する地方自治体(主に構成主体の州都などの中心都市)とそれを支持する連邦中央権力という構図が、ここでも行財政にかかわる面で現われたことになる。地方自治への消極的態度が構成主体において顕著であるというこの傾向は、ロシアの連邦構造そのものに根ざした大きな問題である。
4 むすび
(1) 裁判になった事例の例示
ウドムルト問題に関しての憲法裁判所判決を代表例とする、地方自治をめぐる判決はかなり目につく。イルクーツク州法の事例を紹介したが、この判決を収録した『ロシア連邦における地方自治の権利の裁判的保護』(1997年、モスクワ)には、編者のコメントつきで、それ以外にも以下のような7点の事例が紹介されている。地方自治法第58条、第59条の規定の憲法適合性審査事件(選挙実施日の延期)及びチタ州憲章の憲法適合性審査事件(地方自治機関の権限、州の議会と行政庁の関連など)、ウドムルト共和国の国家権力機関の体系に関するウドムルト共和国の法律の憲法適合性審査事件の3つの憲法裁判所の判決、それに段階的憲法改革期におけるモスクワ州の地方自治規程の一部の違法確認訴訟、「民主ロシア」(政党)のヤロスラブリ支部の登録に関する州知事の処分に関する意義申立て、モスクワ州のザゴリャン村村長の村議会選挙日時の公示に関する意義申立てに関する判決、それに裁判所による憲法の適用問題に関するロシア連邦最高裁判所総会決定である。