基礎自治体の中核(行政機関所在地)たりえなかった住区は、独立した予算をもち、財産をもてる基礎自治体の格の獲得(つまり、新しい基礎自治体の設置)をめざして、署名、請願活動を組織した。こうしたケースが多いことが基礎自治体の地方自治、地方行政に対する不満の証左であり、個々の住区にとって基礎自治体の中核であることがいかに重要であるかを物語っている。
その一方で、中小基礎自治体の財源難も大きな問題となっている。小規模の基礎自治体は自己財源を基礎とした独立した予算を編成する十分な力を備えていない場合もある。憲法や地方自治地方行政法は国家が補助金などを通じてこうした足腰の弱い状態の基礎自治体を支援することを定めているし、これによって国土のバランスのよい発展が見込めることにもなる。26項目の指標について基礎自治体を評価し、それによって補助金の額は決定されるので、補助金自体は基礎自治体への国家の干渉、あるいは基礎自治体の国家への従属を意味するものではない。
近代ブルガリア国家が一貫して地方自治の基礎としてきた、オスマン帝国期以来の「オプシティナ」の伝統とは、住区ごとに基礎自治体が設置され、住民のそばで意思決定がなされた特徴をもち、それを重視するものであった。しかし、社会主義期に試みられた農業の大規模化と集団化、それと平行して本格的に始められた産業化と都市化によってブルガリアの社会構造は大きく変動し続けている。
一方、地方自治を支える財政的基盤の強化、安定を考えるならば、さらに、「ヨーロッパ」への統合という目標を考慮するならば、現在の改革の方向は当然進むべき道なのかもしれない。
しかし、体制転換以降、これまで述べてきたように多くの構成区における基礎自治体設立運動の展開は、現在の基礎自治体の枠組みに(そして基礎自治体の統廃合推進路線に)反発する人々の存在を示していることも記しておくべきであろう。
(木村 真/東京大学大学院総合文化研究科助手)
(参考文献)
佐原徹哉「ブルガリア地方行政制度の歴史的変遷に関する予備的考察」、『スラブの世界:学際的研究へのアプローチ』(北海道大学スラブ研究センター 1995)所収
木村 真「ブルガリア共和国の地方制度」、『ロシア・東欧における地方制度と社会文化』(北海道大学スラブ研究センター 1997)所収
木村 真「ブルガリアの議会と政党」、伊東孝之編『東欧政治ハンドブック:議会と政党を中心に』(日本国際問題研究所 1995)所収
Jepson, David, Valerie McDonnell and Belin Mollov, "Local Government in Bulgaria", in: Andrew Coulson, ed., Local Government in Eastern Europe: Establishing Democracy at the Grassroots