(1) 移行過程における課題
冒頭に述べた国家統合及び経済発展の要請は、ここでいう体制移行諸国のみならず、広く発展途上国についても当てはまることであるが、体制移行諸国についてとくに指摘すべきことは、発展途上国が、いうなればゼロからの国家形成をめざし、その週程で上述のような課題に遭遇しているのに対し、体制移行諸国においては、すでに長い期間にわたって高度に発展した国家形成の歴史をもち、その間に種々の主要な制度も確立していたにもかかわらず、政治体制が崩壊し、しかもそれが急速に崩壊したために、新たな体制を構築しなければならないという点である。換言すれば、そこには、ゼロからの建設ではなく、崩壊した体制の破壊に加えての新たな建設が必要とされているのである。
その際、旧体制の完成度が高いほど、新体制への移行は困難になるという、ジレンマが存在する。つまり、ゼロからの建設ではないということは、それまでの統治機構や法秩序など全ての破壊を意味するわけではない。ある程度高度に発展した社会を維持していかなければならないことから、以前の体制のすべての制度を破壊し、短期間にそれに変わる精緻な制度を組み立てることなど到底できるものではない。そのため、システムの改革は、基本的なイデオロギーないし制度思想の転換と、政治的代表制度や市場経済等の社会経済制度の基盤的部分ともいうべき枠組の改革をまず指向し、それから次第に個々の具体的な制度の改革へと向かうことになる。その具体的な目標として、各国で挙げられているのが、欧米システムへの参加であり、EUへの加盟である。
しかし、その移行過程にあっては、個別的な制度の多くは、システムを構成する一種のモジュールとしてそのまま利用されることになるし、そうしなければ社会は急速に崩壊へ向かって進み始めるであろう。そして、社会の諸活動の水準を低下させることなく、いかに早くすべての制度を新たな理念の下に再構築するか、いいかえればいかに上手に体制転換のソフト・ランディングを行うかが課題となる。この点が、体制移行諸国が、それまでに高い水準の社会をもたず、いわばゼロから新たな制度を構築するという課題を担っている発展途上国と大いに異なっている点であろう。
これまでの水準維持のために旧システムのモジュールに依存することは、その基盤をなす旧体制のイデオロギーを温存させることになりかねないし、何よりもそのシステムを動かしている旧体制下の官僚機構の存続を意味する。かといって、急激な改革による旧システムの破壊とそれに依拠する官僚制権力の追放は、代替的システムの導入なしに唯一の有効なシステムを破棄することにほかならず、それによる社会機能の低下と国民生活へのダメージは、むしろ生活水準の低下を招来することになりかねない。そこから、旧体制への憧憬、旧体制下の官僚機構への期待が生まれてきたとしても不思議ではない。それゆえ、ある程度の制度が樹立されても、それを実施する人々のメンタリティや行動様式といった、政治文化の変化がなければ、いずれの目標にも到達することはできないのかもしれない。