III 考 案
六合村は人口約2,100人で,高齢化率も25%を越えているいわゆる山間へき地である。村内の医療機関は診療所1カ所であり,外科的な手術を含めた医療の受けられる総合病院までは40kmほどの距離があり,車で約1時間かかる。そのため,1993年9月より有床診療所となってからは付近住民の入院治療に対する期待も大きい。
今回,経験した5例はいずれも右下腹部痛を有し,病状が悪化すれば腹膜炎など外科的処置が必要となる病態も予想される例であった。このような例では,外科的処置の施設が充分でないへき地診療所での初期治療が適当であるかは,診断をより確実にすることが必要であると考えられる。そのためには大腸内視鏡検査は有用であるが,侵襲を伴う検査であり,穿孔,出血などの重篤な合併症も起こり得る。程度によってはへき地より緊急で搬送しなければならない場合も念頭にいれ,慎重に適応を選び,施行中も患者の痛みを参考に無理な挿入を行わないことが重要である。今回経験した側では,全身状態が保たれていたこと,腹膜刺激症状がないか,ごく軽度であったこと,急性虫垂炎の既往があったこと,腸閉塞を疑わせる例がなかったことなどが,大腸内視鏡検査を施行する上で助けとなった。前処置も全例で経口腸管洗浄剤(商品名:二フレック)を用い,状態の悪化した例はみられなかった。前処置が十分に行えない程の状態が悪い例は当然であるが,さらに右下腹部痛を有する場合では全大腸の観察が前提となり,前処置が不十分では観察不良になる可能性が高い。さらに観察不良に伴い手技面での危険も高くなるため,大腸内視鏡検査は施行すべきでないと考えられる。
また,診療所の特性(俗な言い方では“小回りが利く”)を生かし,全例で受診後速やかに大腸内視鏡検査を施行し得たことも治療方針決定に好影響を与えた。一般にへき地においては高次医療機関が遠方であることが多く,搬送に時間を要する。そのため,診断に時間がかかると重症化することも危惧され,迅速に検査が行えることも重要であると考えられる。
また,全例で大腸には明らかな異常所見がなく,バウヒン弁を越えて回腸末端部まで観察することで病変を確認できた。回腸末端部にはクローン病,ベーチェット病,腸結核などの特異的炎症性疾愚や感染性腸炎などの病変のできやすい部位である。特に右下腹部痛のある側では,大腸内視鏡検査の際に回腸末端部まで観察することが一般的であるが9)、今回経験した例でも再認識をさせられた。
以上のように慎重に適応を選んだこと,迅速に検査が行えたこと,確実に回腸末端部を観察したことで,より確実な診断に結びついた。その結果,へき地においても適切な治療がなされたものと考えられた。また,そのため遠方の高次医療機関に受診することなく入院および外来治療が行われ,へき地に居住する患者,家族の利益にもつながったと考えられた。
さらに症例も単純性潰瘍,エロモナス腸炎,緑膿菌腸炎,クローン病など様々であり,特に初期病変を捕らえ,治療できたと考えられる。各症例が示唆に富んでおり,大腸内視鏡検査を行い診断をより確実にするよう努めることで,へき地における医師の医療知識,技術の自己研修につながるものと思われた。
IV 結 語
へき地において右下腹部痛を有し,回腸末端部に炎症性病変を認めた5例を経験した。いずれも大腸内視鏡検査にて病変を確認することができ,へき地においても適切な治療を行うことができたと考えられた。その結果,へき地の有床診療所の役割を果たしたものと思われた。へき地においての貴重な経験と思われたので報告した。
文 献
1) 折茂賢一郎:六合温泉医療センターを開設して:月刊地域医学:9(2)91-98,1995.
2) 渡辺英伸,遠城寺宗知,他:回盲弁近傍の単純性潰瘍の病理:胃と腸:14(6),739-748,1979.
3) 多田正大,傍島淳子,他:腸型Behcet病とsimple ulcerの臨床経過:胃と腸:27((3)313-318,
1992.
4) 月岡恵,笹川力:単純性潰瘍:消化管症候群(下巻),日本臨床社,314-316,1994.