日本財団 図書館


しかし、冒頭で述べたように、最近の補聴機器、補聴支擬システム、人工内耳の進歩が難聴の経過を大きく修飾してきており、聞こえが向上することはそれだけで、心理的には生きてゆくことに促進的に作用すると思われる。ただ、リハビリテーションや適応の仕方という面では、より複雑な様相を呈してくると思われるので、メンタルケアが必要となる場合も対応が容易でなくなるかも知れない。

なお、高度の難聴ないし失聴状態が長期間持続すると、難聴訛りをはじめ、認知、思考、行動様式などの面で、健聴者のそれとは違ってくる可能性があり、それは聞こえる世界に適応しにくくなることもあることを意味する。

社会的不適応の状態は、当初は不注意、無責任、無愛想といったレベルであるが、程度が高じると抑うつ的となったり、友人らへの思いつめや猜疑、迫害、被害的な言動が目立つようになってくる。そして、ある条件下では妄想へと発展することがあるが、長期間続く難聴が「感覚遮断」と同様の状態が関与している可能性があるとの指摘もある。

難聴者に妄想性疾患が多いのではないか、と欧米の研究者が仮設を立て、調査や研究が続けられてきているが、結論的な結果は得られていない。しかし、孤独になったリー人暮らしを余儀なくされる状態では、感覚遮断が徹底されるためか、妄想が生じ発展しやすいとも言われている。比率からすれば多くはないのかも知れないが、メンタルヘルスの面では重要であり、猜疑心のレベルでも人間関係が障害されるし、妄想へと発展することは極力避けられるべきであろう。

 

3)性格、環境要因から

人は生来的に親から受け継ぐ気質というものをもち、家庭や社会の中でさまざまな刺激や教育を受けて発展ないし変容させて、その人らしい性格を形成してゆく。

聴覚障害が発生した時点で、その人の性格がどのようであるかは、リハビリテーションを進めてゆく上などで留意すべき点である。聴覚障害という機能や能力の低下が明らかになった時の心理的反応や、障害受容の仕方や新しいアイデンティティの確立の在り方などが重要であり、これらが円滑に行い得ない場合は、何らかの介入やサポートが必要となってくる。

難聴者や中途失聴者は猜疑的、被害的になり易いが、ある種の性格特性が絡むと確信のある妄想へと発展するとも言われている。

また、家族や職場などの状況や人間関係も大変重要であり、聴覚障害というものが家族間のコミュニケーションさえも阻害することを忘れてはならない。ひとつは、聴覚障害児の発達面への影響であり、親子のコミュニケーションや相互作用が重要な役割をもっということを考えれば、容易に理解できることである。実際に、この問題が成人後も尾を引いて、適応障害をもたらすことが少なくない。

中途の難聴・失聴者の家族にあっては、障害そのものと障害者を受容する必要があると言われており、コミュニケーションや情報取得の障害や社会的不利の理解の基に、家族内での役割変更や再構築と従来のライフスタイルの変容を受け容れる必要がある。

以前、筆者は某県の中途失聴者や難聴者の団体の健聴家族を対象にアンケート調査をしたことがあるが、中途失聴者や難聴者と健聴家族は十分な意志疎通ができておらず、聴覚障害者側は遠慮ぎみであり、健聴家族は聴覚障害者の気持ちを掴みかねているという結果が得られた。具体的なコミュニケーションのありようとして、中途失聴・難聴者は健聴家族の話すことを最後まで開かず早合点したり、情報保障の要求を出さない傾向があり、お互いに本音を出し合って理解を深め合えば、意志疎通がさらに改善する余地があることが窺えた。

 

 

 

前ページ   目次へ   次ページ

 






日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION