体力レベルの高い中高年齢女性における椅子からの立ち上がり動作特性
考 察
本研究では,高齢者の体力レベルと日常生活動作の動作パターンとの関係を検討する第一段階として,体力レベルの高い高齢者を対象に,4種類の高さの椅子からの立ち上がり動作について測定・分析を行った.その結果,動作時間は椅子が高くなるほど短縮し,立ち上がり動作時の体幹前傾角度と股関節屈曲角度,膝関節屈曲角度のそれぞれの最大値は椅子が低くなるほど,増大した.椅子からの立ち上がり動作についてはこれまで多くの研究がなされてきている.椅子の高さの影響に関して,Burdettら3),Rodosky12)は低い椅子からの動作では股関節・膝関節のモーメントと関節角度がより大きくなることを報告している.また,米田ら16)は本研究と同じく,脛骨上端から足底までの長さの50%,75%,100%,125%の高さで測定を行い,椅子が低くなるほどフォースプレートの測定値から得られた床反力の垂直分力が有意に大きくなることを示している.
一方,身体各部位の移動の観点から立ち上がり動作の動作パターンについて検討した臼田と山路14)は平均年齢20.1歳の女性11名を対象に,膝・足関節が各々90度屈曲位となる椅子の高さを100%とし,50%,75%,100%,125%,150%の5条件で測定を行っている.その結果,動作時間は高さ100%の条件で2,15±0.38秒であり他の条件でもほぼ同様だったこと,動作開始時の足部位置は椅子が低くなるにつれて後方に接地(大腿骨外側頼と外果の距離が増大)すること,体幹前傾角度および下肢関節角度変化(股関節・膝関節屈曲)が増大することなどを報告している.
本研究での動作時間は100%条件で1.13±0.08秒,50%条件でも1.50±0.09秒であり,臼田と山路14)よりかなり速い動作であったといえる.また,体幹の前傾角度,および股関節屈曲角度と膝関節屈曲角度については,先行研究14)同様,椅子が低くなるにつれて増大したが,値自体はやや小さかった.これらの結果が,動作開始姿勢の差異によるものなのか,椅子の高さの条件設定の相違によるものなのかなどについては,現時点では不明である.
椅子からの立ち上がり動作時の体幹前傾角度について,1歳から4歳の小児を対象に,大腿部と下腿部(膝関節角度)がほぼ90度という条件で立ち上がり動作を撮影・分析した星4)によれば,体幹の最大傾斜角度(本研究の体幹前傾角度)は1歳児で平均34.2度ともっとも大きく,2歳児,3歳児と成長するにつれて減少し,4歳児では20.2度と指数関数的な変化過程が得られることから,運動発達,特に平衡機能の発達を反映したものではないかと論じている.一方,10歳代から60歳以上の85名について分析を行った西本10)は,60歳以上では臀部が座面から離れて立ち上がり動作が終了するまでの相において上体の前屈が強く,かつ膝に手掌をあて上肢の力も利用して起立することを示し,それは体幹,下肢の筋力低下を補うための一動作様式ではないかとしている.
本研究では100%条件での体幹前傾角度は平均24.3度であり,前述したように臼田と山路14)の若年女性の値より小さかった.また,動作を規定したこともあり,50%条件での動作においても膝に手掌をあてる被検者はいなかった.これらの差異が測定条件の違いによるものなのか,体力レベルの影響も含まれているものなのかについては,臼田と山路14),星4),西本10)のいずれの研究にも被検者の下肢筋力レベルについて記されていないため,不明である.
年齢の影響に関して,平均年齢24歳の若年女性と同75歳の高齢女性の椅子からの立ち上がり動作を比較したWheelerたち15)は高齢者の方が動作開始時の足部位置をより後方に置くことと,外側広筋の筋活動がより大きいことなどを報告している.また,同じく61-74歳と25-36歳の被検者について比較したIkedaたち6)は,高齢者群では体幹屈曲時に頭部の伸展が小さいために顔面が下がり,それが高齢者の平衡機能にネガティヴな影響を与える可能性を示唆している.筋力レベルが低下した場合に,身体各部位の移動,特に頭部の姿勢の取り方が動作全体におよぼす影響は,老人保健施設等での日常生活動作を維持向上させようとする取り組みにとっては検討すべき興味深い課題であると思われる.
このように,椅子からの立ち上がり動作時の分析に際しては,まだ検討すべき課題が多いが,本研究から,体力(下肢筋力)レベルの高い中高年齢女性を対象に4種類の高さの条件で椅子からの立ち上がり動作を行った結果,動作時の体幹前傾角度,股関節屈曲角度,膝関節屈曲角度などの動作パターンは文献的に比較した若年者のデータと比べて,加齢による特徴的な差異は認められなかった.今後,体力(下肢筋力)レベルが中等度から低い高齢者を対象にした測定を行い,体力レベルと日常生活動作の特性との関連についてさらに明らかにすることが必要である.
まとめ
高齢者の日常生活動作のパターンとそれにおよぼす体力因子の影響について検討する第一段階として,体力レベルの高い中高年齢女性5名を対象に4種類の高さの椅子からの立ち上がり動作を実施し,体幹前傾角度,股関節屈曲角度,膝関節屈曲角度について検討した.
1.椅子の高さは脛骨上端から足底までの長さを基準として,その50%,75%,100%,125%の4条件とした.
2.動作開始から終了までの立ち上がり動作時間は,100%条件(1.13±0.08秒)に対してより低い条件では有意に延長し,より高い条件では短縮する傾向にあった.
3.体幹前傾角度,股関節屈曲角度,膝関節屈曲角度は50%条件時に最も大きく,高さが増すにつれて有意に減少した.
4.本研究で対象とした比較的体力レベルの高い被検者においては,先行研究と比べて,加齢による特徴的な立ち上がり動作特性は観察されなかった.加齢や体力レベルの影響を明らかにするためには,体力レベルの低い高齢者を対象とした測定・分析が必要不可欠である.
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