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 考  察
 本研究の結果において,測定の対象となった高校サッカー部所属選手の筋厚および筋力には年齢による有意な差は存在しなかった. 一般の児童・生徒を対象に等速性脚伸展力の発達について検討した先行研究の結果16,20)によれば,16歳から18歳の男子の 場合に,まだ年齢に伴う増加が認められる.また筋厚の年齢変化について検討した安部と福永1)の報告においても,身体各部 位の値は約20歳前後まで増加を示す.しかし,それらの報告のなかでトルクの測定条件が類似している金久ら16)の報告に よれば,16歳一般男子生徒の180度/秒における等速性脚伸展力は平均で約100Nmである.また,発育期の等速性筋力の縦断的な測定の結果 22)においても,H1と同年齢の一般男子の180度/秒における等速性脚伸展力として報告されている値は,金久らの観察値とほ ぼ同様な平均94Nmである.これらの値は,本研究におけるH1の平均値133Nmを約30%下回る.一方,金久ら16)の報告における18 歳男子の値は約120Nmであり,H3の平均値140Nmと比べた場合に,H1の年齢でみられたほどの一般生徒とサッカー選手との差は存在しない. このように先行研究において報告されている値と比較する限りでは,本研究の被検者の場合に,高校に入学する以前において一般生徒をか なり上回る筋力が獲得されているものの,高校期においてそれに上乗せする形での発達が達成されていないことになろう.
 また本研究では,筋厚について高校生サッカー選手全体と一般成人男子およびサッカーオリンピック日本代表選手との比較を行った.そ の結果,本研究の被検者はオリンピック選手に比較して低いものの,一般成人より大腿後および下腿前において有意に厚い筋厚を示した. したがって,学年が進むことによる有意な増加は観察されないものの,本研究で測定の対象となったサッカー選手は一般成人と同等,もしく は部位によって一般成人を上回る筋の形態的な発達を高校期の段階で遂げていることになる.しかし,予想に反して大腿前の筋厚には高校 生サッカー選手と一般成人との間に有意な差が存在しなかった.久野18)の報告によれば,サッカー選手は他の競技種目の選手 に比べ大腿下部の筋において特異的な発達を示す.それゆえ,本研究のように大腿長50%に相当する部位での筋厚では,サッカー選手を特徴 付ける筋の発達が観察されなかった可能性がある.
 Oberg et al.23)およびBrady et al.3)は,サッカー選手の等速性脚力の特徴として,伸展力に対する屈曲力比(H/ Q比)が非競技者のそれに比べ有意に高いことを報告している.また,脚伸展トルクとキックパフォーマンスとの間には有意な相関関係が認め られるものの31),サッカー選手を対象に脚伸筋群に対する筋力トレーニングを実施したTrolle et al.30)の結果で は,脚伸筋群の出力の増大とキックパフォーマンスの変化に何ら有意な関係は存在しない.その理由として,Trolle et al.30)は, 脚伸筋群よりはむしろ股関節周辺部の筋群の活動がキックパフォーマンスに影響を持ち得ることを挙げている.一方,脚屈筋群はキック動作 前半におけるバックスウィング29)およびキック動作後半の脚の減速に重要な働きをなす6).したがって,このような キック動作における筋群間の活動の違いが,筋厚における一般成人との有意差の有無を生み出していると考えられる.それに対し,下腿前の筋 厚における有意差を説明し得る要因を先行研究から見い出すことはできない.しかしながら,サッカーの場合に足によるボールコントロールが 重要な競技動作の1つであることから判断して,脚屈筋群と同様に足背屈筋群の発達も種目の動作特性に起因しているといえよう.
 一方, 陸上競技女子短距離走選手を対象にした杉田ら28)の測定結果によれば,大腿部および下腿前の筋厚は100m走のベストタイムと負 の相関関係にある.また,安部と福永1)の報告では,万歩計で評価した身体活動量は大腿後および下腿前の筋厚と有意な相関関係に ある.しかし,同報告において身体活動量と大腿前の筋厚との間には,有意な相関関係は認められていない,したがって,先に述べたサッカー選 手と一般成人との大腿後および下腿前の筋厚における差は,種目の特性というよりは単に日常における身体活動量の差を反映した結果である ことも否定できない.この点は今後の検討課題である.
 高校生サッカー選手間の比較において,間欠的スプリント走テストにおける作業前半のMP/Wtは,H2およびH3がH1より高い値を示す傾向にあ るものの,統計的な有意差が認められたのは2試行目におけるH3の値のみであった.本研究の被検者の場合に,筋厚と同様にBMIにも有意な群間 の差は存在しない.したがって,MP/Wtは単位筋量当たりのパワーの評価指標に相当すると考えられ,1試行目から4試行目までのMP/wtに関する 本研究の結果は,作業初期のパワー発揮に関与する筋の質的な要因あるいは神経系の働きに,年齢の違いによる差が存在しなかったことを意味 するものであると推察される.一方,作業中盤から後半の値は,H3およびH2がH1より有意に高い値を示した.ジュニアサッカー選手を対象にした Tumilty31,32)の結果によれば,無酸素性作業閾値および最大酸素摂取量の高い者ほど,間欠的スプリント走におけるスピードの維 持能力も高い.これまでに作業形式として自転車ペダリング33)あるいは自走式トレッドミル走12)による間欠的全力 運動を採用した先行研究の結果は,いずれも試行回数の増加に伴い運動遂行のために有酸素系によるエネルギー供給の貢献度が高まることを 報告している.このような間欠的全力運動におけるエネルギー供給状態およびTumilly31,32)の観察結果を考慮すれば,作業中盤か ら後半のMP/wtにおけるH1とH2およびH3との差は,有酸素性作業能力に差が存在する可能性が示唆される.
 サッカー選手の無酸素性および有酸素性作業能力としてこれまでに報告されている値は,一般人のそれらを上回るものの,競技選手として は平均的なものにすぎない31).しかし,サッカー選手の無酸素性作業閾値は,最大酸素摂取量に対する比率でみた場合に,中長距 離走選手のそれに匹敵するという報告4,26)もある.サッカー競技中の運動強度は,一流選手の場合に最大酸素摂取量の約60%から 約75%に相当するといわれている2,31).そのような中程度の運動強度による長時間運動は,筋の酸化能力を高めるうえで効果を持 つ24).平均18歳男子サッカー選手を対象にしたKuzon et al.9)の結果によれば,外側広筋の筋線維組成および筋線維 断面積は非競技者とほぼ同様な値であるが,毛細血管密度はサッカー選手が有意に高い.またサッカー選手における6週間のプレシーズントレ ーニングの影響を検討したReillyとThomas25)は,トレーニング後に呼吸循環機能に関するテスト結果は改善されるものの,筋力の それは低下したと報告している,さらに60秒間のジャンピングパワーテストをサッカー選手に適用したKirkendall et al.17)の結 果では,シーズン中の変化として,30秒以降の値は増加するものの,作業前半の値に有意な変化は認められない.これら一連の報告を考慮すれば ,サッカーという競技活動の継続は無酸素性よりはむしろ有酸素性の作業能力の改善に優位に作用するといえる.この点は,程度の違いこそあ れ,ゲームを中心とする練習を実施していた本研究の被検者にも当てはまると考えられ,結果的にそれが間欠的スプリント走のMP/Wtにおける 有意な群間の差に結びついていることが予想される.


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