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 2.健康に関連した体力要素と歩行能力との関係
 歩行能力のうち、もっとも重要な指標として体力との関係が検討されてきたのが歩行速度である。歩行速度は下肢の筋力 と相関を示し5,8,23)、歩行速度の低下に下肢の筋力の低下が大きな影響を与えることが指摘されている。しかし、本研究 において、筋力の指標として測定した上体おこしは、いずれの歩行能力変数とも有意な相関関係を示さなかった。これは、被 験者の歩行能力に加齢に伴う変化が観察されなかったことと、上体おこしは体幹の筋力の指標で、歩行に関わる下肢の筋力 を測定したものではないことが考えられる。このことが、上体おこしと歩行速度との間に有意な相関関係を認めなかった一 因かも知れない。その意味からは、主に下肢筋の運動による敏捷性の測定項目である反復横跳びと歩行速度との間の有意な 相関は、下肢の筋力と歩行速度の獲得との間の関連性を間接的に支持する事実かも知れない。本研究では、身体組成項目であ る体脂肪率は歩行能力と有意な相関を示さなかった。しかし、筋量の指標となる除脂肪体重は歩幅と有意な相関関係を示し た。これらの事実は、体力要素としての身体組成は歩行能力とは無関係であるが、筋力が歩行能力の維持獲得に重要な意味を 持つことを間接的に示すものであろう。
 ところで、柔軟性は血液性状にもとづく健康状態を反映するものではないが15)、姿勢の悪化や腰痛の発症との関わりを持 つ健康に関連した重要な体力要素であると考えられている1)。本研究においては、柔軟性の指標である立位体前屈は、すべて の歩行変数と有意な相関関係を示した。すなわち、柔軟性に優れる者ほど歩幅は長く、歩行速度が高い結果となった。柔軟性は 歩行やランニングの経済性に影響を与えるが10)、両者の関係は負の相関関係を示し7,10)、柔軟性に欠ける者ほど歩10)や走7,10) の経済性が高い。Gleimら10)は、柔軟性に乏しい者ほど歩やランニングの経済性に優れる傾向にあるのは、堅さの増加が姿勢筋 のような補助筋の活動を低下させる、あるいは弾性エネルギーの利用を増加させるからだと推察している。しかし、本研究にお いては、柔軟性に優れる者ほど歩幅や歩行速度に優れる傾向にあった。したがって、中高年者においては、歩の経済性に関与する と考えられるメカニズムは、彼らの歩行速度をはじめとする歩行能力の獲得には寄与していないと考えられる。
 柔軟性が歩行速度と有意な相関関係を示すことは、Cunninghamら8)、Kanekoら14)およびTanakaら23)によって報告されている が、そのメカニズムについては定かにはされていない。前述のように加齢に伴い歩行速度は低下するが12,13,14,19)、同様に 歩行時の股関節の開脚度やスイング期における膝の屈曲度あるいは足底屈も加齢に伴い減少する14,17)。したがって本研究 の結果は、柔軟性の獲得が、このような加齢に伴う歩行時の股関節や膝関節あるいは足関節に起こる振幅の低下を防止し、中高 齢者における歩幅と歩行速度の確保に貢献していることを示唆するものなのかも知れない。しかし、この推察を実証するため には、少なくとも、中高齢者における柔軟性の向上が、歩行速度の増加を導くのかどうかを実験的に検討することが必要である。 今後の検討課題としたい。
 いずれにしろ、歩行能力は高齢者の日常生活を支える基本的な身体的能力であり4)、歩行速度が遅い者は自立した生活を維持 することが難しい8)。これまで、柔軟性と歩行能力との間に報告されている相関関係は、加齢に伴う機能低下が明確に認められる 高年齢者層を含む被験者群において得られたものであった8,14,23)。しかし、本研究において得られた結果は、加齢に伴う歩行能 力の低下が認められない年齢層の中高年者においても、柔軟性が歩行能力の維持や獲得に関与する可能性を示唆している。した がって、柔軟性の確保は、高齢者の身体的自立を体力的側面から検討するとき、一つの重要な視点を提供するものであることが推 察される。


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