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 考  察
 1.顧問への情報提供の有効性について
 今回の調査に基づく情報提供の運動部指導への有効性についての顧問の評価は、全体として肯定的なものであり、部員の意識 調査、TSMI・SPTT、バウム-テストを組み合わせた調査による情報提供が顧問の部員理解に有効であったということができる。
 顧問の評価では、日頃の部員理解の裏づけとして参考になったケースが22に対して、新しい発見として参考になったものが14 ケースとなっていたが、これは、今回のようなアプローチが顧問にとって次の2つの方向で貢献しうることを示唆するものである。 ?提供された情報は顧問にとって未知のものではないが、顧問の部員理解の的確性を支持する資料として機能し、顧問が自らの部 員理解により自信を持つことに役立つ。?自らのこれまでの部員理解では見出されなかった側面について顧問が目を向けること により、部員理解をより広く、深いものとしていく契機となる。
 提供した情報のうち、手がかりとして有効であったとして顧問が選択した頻度は、バウム-テスト(33)、SMI(20)、部員へのアン ケート(20)、SPTT(3)の順であった。
 バウム-テストの頻度が高かったのは、顧問の日常の指導では完全には把握しにくい部員の内面的なパーソナリティに関する 情報が得られたためであると考えることができる。本研究でのバウム-テストの解釈にあたっては、3人の解釈者がバウム-テス ト解釈援助プログラムを用いて描画特徴の抽出や解釈にバイアスがかからないように配慮した上で、理解しやすい表現に要約す るという方法を採用し、より妥当な解釈となるように努めた。しかしながら、パーソナリティ-テスト(とりわけ投影的なテスト)で は、解釈の客観性は完全には保障しがたい。情報提供にあたっては、この点を顧問に説明し、解釈結果を絶対的な「真」であると考 えるのではなく、部員理解の視点の1つと見なすよう求め了解を得たが、この手続きが、顧問が解釈結果をより有効に利用できたこ とにつながったものと考えることができる。テスト結果を絶対的なものとみなさない観点は、投影法によるテストのみならず、他 の標準化されたテストにおいても、その結果をフィードバックする際には極めて重要なことであろう。
 TSMIは、競技意欲に関わる多くの側面を広くカバーしたテストであり、身体的・技術的側面のみならず、精神的側面の充実・向 上を目標とする対象運動部の顧問には、指導上手がかりとなる部分が多かったものと考えることができる。
 部員へのアンケートについては、指導者の効果性と部への満足感の選択度数が高かった。顧問にとって、自分が顧問としてどの ように評価されているか、部員はどの程度、部に満足しているかが反映しているとみることができる。
 SPTTの選択頻度が低かったことは、SPTTの有効性が否定されているのではなく、設問内容が他の調査と重複しているなどが原因 と考えることが妥当と思われるが、この点については今後検討する必要があろう。

 2.各調査の学年差について
 本研究では、実施した調査の多くの部分で有意な学年差がみられた。SPTTでは、チーム有能感とコーチ信頼で、部員に対するアン ケートでは、社会・心理的充実感と指導者の効果性で、TSMIでは、積極的競技意欲に関わる尺度の全てとコーチとの関係に関する 2尺度、並びに努力への因果帰属、ルーズな生活態度で1年生が2年生に比べてより積極的な得点となっていた。これを要約すると、 1年生の方が2年生よりも、部を素晴らしいと感じ充実感を味わい、顧問を信頼し円滑な関わりができ、競技意欲が高く自らの行動に ついても責任を持ち、しっかりとした生活態度を形成しているということができる。
 また、1年生では、顧問が部員をどのくらい理解しているか、部員が顧問をどのくらい理解しているかについての主観的評価で、 部員と顧問との間に有意な差がみられなかった。すなわち、部員が顧問に理解されていると評価する程度と顧問が部員を理解し ていると評価する程度に差がないということであり、顧問が部員に理解されていると評価する程度と部員が顧問を理解している と評価する程度に差がないということである。この点について、2年生では有意差がみられ、相手や自分の理解度に対して顧問と部 員の間に隔たりがあると考えることができる。すなわち、部員より顧問の方がよりよく相手を理解していると考え、よりよく自分が 理解されていると考えている状況にある。解放領域(自らもわかっていて相手にもわかっている領域)が広い程対人関係が望まし い方向に進展するというモデル(柳原10))や自分からの他者への心理的距離からネットワーク地図を作成し、環境への適応状態を 検討するための資料とした研究(土屋、中込11))など、対人関係における相互の理解や心理的緊密性の重要性に着目した報告がなさ れているが、主観的理解度についても相互に隔たりがない方が対人関係がスムースに進むと考えられるところがら、部員と顧問と の対人関係については、1年生の方が2年生よりも良好な状態にあると考えることができる。
 この学年差については、研究着手当初に予想することができなかった。したがって、それを説明する資料を十分に得ていないが、 推測される原因は次のことである。それは、顧問が1年生については入部当初から指導をしており、2年生については2年のはじめか らであるという点である。
 高校運動部員の部活動適応感にネガティブな影響を与える要因の1つである部活動変化出来事の構成因子として指導者の交代 をあげた研究(青木、松本12))にもみられるように、運動部における顧問の交代は部員の精神的側面にマイナスの影響を与えると 考えられる。本研究で対象とした2年生の状況はまさにそれに該当すると考えられる。また、1年生では入部当初からの指導で顧問の 運動部活動指導に対する姿勢や指導目標についてよりよく理解していたことも学年差の一因と考えることができる。本研究の学 年差は、運動部における指導者の交代にあたっては、技能的・競技的側面ばかりでなく、部員一人ひとりのパーソナリティの把握や 顧問と部員との相互理解の程度など精神的・人間的側面への配慮も必要であることを示す一事例と見なすことができよう。



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