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一般に、正常胃上皮組織では、小腸組織と比較し、Le酵素の量は1/10程度であるという2)。腸上皮化生が進めば、胃粘膜も腸粘膜に類似したLewis式抗原の発現パターンになり、Le酵素の量は、Se酵素量よりも圧倒的に多くなるため、LebからLeaへと抗原性が変化する2)。ごく最近、Le酵素量の変化をLe酵素遺伝子のRNAレベルにおける発現量の増加で説明する報告がなされた11)。しかし、今回のわれわれの検討では、正常もしくは軽度胃炎例の群と胃癌群ではLe酵素遺伝子の発現の上昇を認めなかった。この結果から、Le酵素遺伝子のメッセンジャーRNAの転写量は細胞が癌化しても変わらないが、例えばスプライシングの制御といった転写後のレベルや、翻訳レベルでの効率が上昇してLea抗原の上昇に関与するか、癌化に伴う代謝の遅延によりLea抗原が組織上に蓄積するというような可能性にも配慮すべきと考えられる。
 また、少数例での検討ではあるが、免疫組織化学的にみて、背景粘膜である腸上皮化生部でのLea抗原の発現が著しい例が今回の対象になかったということも関係があるかもしれない。
 Se酵素遺伝子も、今回の検討では、正常もしくは軽度胃炎例の群と胃癌群では転写量の上昇は認めなかった。既報では、免疫組織化学的検討で、非分泌者Le(a+b-)型の胃粘膜にもLeb型抗原が認められることから、Leb型の発現は複雑で、他のフコース転移酵素2が共同して作用している、またはSe酵素よりも、他のフコース転移酵素2の方が作用の強い可能性も想定されており11)、現時点でのSe酵素遺伝子についての言及は難しい面がある。
 このように、Lewis式血液型抗原分子は,胃癌の分子腫瘍マーカー・組織分類マーカーとして期待の持てるものの、いまだ充分な検討が必要な段階と考えている。
 また、このような癌化による糖鎖の劇的な変化の機能・意義として、癌に由来する糖鎖不全の中の、低糖鎖化に対し、免疫監視機構からの逸脱という考えが最近提唱された12)。すなわち糖鎖が短化して、その構造変化が促されると、癌細胞周囲の丁細胞は活性を失い、いわばanergyの状態になるという説である。分子生物学の導入により詳細な機構の分析とあいまって、こうした機能・意義の解明も進んでいくことを予測させる仮説である。
 Lewis式血液型抗原分子の変化も、機能・意義が明らかになれば、おそらく、長く議論のある胃炎一腸上皮化生一胃癌シークエンスを説明し得るようになるものと思われる。

 

 

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