(1)後出血(delayed bleeding)を主症状としていることから、α2-プラスミンインヒビターやPAI-1などの線溶系制御機構や、フィブリン分子上においてα2-プラスミンインヒビターを架橋結合させる第?III因子に異常の存在する可能性が高いこと、(2)臨床データで血漿中のPAI-1の低下が著しいことから、その基礎値と関連する血管壁におけるPAI-1の産生分泌機構に異常が存在する可能性があること、(3)血小板由来のPAI-1を反映する血清中のPAI-1量も低下していることから、PAI-1が骨髄巨核球において産生、分泌されるまでに分解されてしまうような異常が存在するか、血小板α穎粒内に血漿中のPAI-1を取り込む機序が存在する可能性が示唆される。
PAI-1欠損症の報告はこれまでに数例あるが5)、遺伝子レベルでの解析はFayらの報告例に留まる6)。彼らは、PAI-1遺伝子エクソン4において2塩基(TA)挿入によりframe shiftをきたした結果、45塩基下流にstop codonを生じ、カルボキシ末端側169アミノ酸を欠くPAI-1欠損例を報告している。
我々は、PAI-1遺伝子のプロモーター領域を含む全エクソンのクローニングおよびダイレクトシークエンス法を施行した結果、本家系においてPAI-1遺伝子に全く新しい点突然変異を同定した。すなわち、PAI-1遺伝子エクソン2領域内の4503番目のグアニン→アデニン変異により、PAI-1蛋白シグナルペプチド内の一7番目のアミノ酸であるバリン(GTC)がイソロイシン(ATC)に置換した点突然変異である。一般的に分泌型蛋白のシグナルペプチドには、次のような共通性がある。(1)13から36アミノ酸残基から構成されている、(2)アミノ末端側に1残基以上の陽性荷電をもつアミノ酸が存在する、(3)10から15残基からなる疎水性アミノ酸を配列中央部にもつ、(4)シグナルペプチドの切断部位アミノ末端側はアラニンなどの中性アミノ酸であることが多いことである。PAI-1のシグナルペプチドをヒト7)、マウス8)、ラット9)の3種間で比較してみると、(2)はみられないが、(1)、(3)および(4)の共通性がみられる(図7)。本家系でみられた変異部位は、シグナルペプチド配列中央領域の疎水性アミノ酸群を構成している―7Valに相当するが、このアミノ酸は何れの種でも保持されていることからPAI-1蛋白のシグナル配列に関して重要であることが示唆される。本家系では、この部位の点突然変異によりPAI-1蛋白の分泌異常をきたしPAI-1欠乏症として出血傾向を呈したものと考えられるが、我々は真核細胞での発現実験によりPAI-1分泌障害の機序を解明すべくさらに研究を進めている段階である。
本家系でみられた重篤な後出血を主症状とする出血性素因が、PAI-1欠損症に起因することが明らかにされたことから、発端者を含む家系構成員に対する出血症状の治療および予防として、EACAやトラネキサム酸などのプラスミン阻害剤の投与が想定され、今後患者の症状軽減、発症予防に結びつくものと期待される。
?.謝 辞
本研究は、平成10年度日本財団補助事業による研究助成の支援を受け行われた。また、本研究に御協力いただいた宮崎県立延岡病院院長本田正之先生、同院臨床検査室臨床検査技師の方々に深謝します。
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