4.流体力学の考え方
ここで,血管の中を流れる血液の動態に目を向けてみよう。血液はいつもサラサラと流れているわけでなく,圧の勾配,流れる速度,液体の比重(δ),粘稠度(η),そして管の内径などによって流れの状態はいろいろに変化し,このことはPoiseuilleの法則で示される。すなわち,流量は血管の内径の4乗に比例し,血液の粘度と血管の流れに逆比例する。従って,この法則は血管の内径が血流量を規定する上できわめて大きな要素であることを示しているが,同様に管が長いほど,そして血液の粘度(η)が高いほど血流量は少なくなる。通常は管の長さはほとんど変わらないので,その影響は考えなくてもよいが,ηは変化しうるので無視できない。たとえば,赤血球数が1mm3当たり600〜650万,そしてヘマトクリットが60%もあるような多血症のひとではηが著しく大きくなり,一定の流量を保つためにはより大きな圧差を必要とする。しかし,正常な状態ではηや管の長さはほとんど一定しているので,血流量を変えるもっとも大きな要素は圧勾配と血管内径の変化ということになる。
ところで,流れの状態をもう少し詳しくみてみると,滑らかな流れのない流れを層流といい,それに対して血流速度が速くなると,流線は乱れて,乱流を生じる。乱流は飛んでいる飛行機が気流の乱れに入ったときに揺れる状況を想像すればよい。それから,もし血管内腔の一部が狭くなった狭窄があると,そのあとのところで乱流や渦巻き流が起こる。Reynoldsは管の中を流れる流体の状態と,それを変える諸種の要因について研究し,次のような式を示した。
V Dδ
Re=
η
Reは,Reynolds'numberといわれる数値で,この値は管の中の流速(V),管の太さ(D),液体の比重(δ)に比例し,そして粘稠度(η)と逆比例する。このReynolds'numberが太い血管で2000,また細い血管では200を超えると,渦流を伴った乱流が生じる。
生体における乱流の生理学的意義はいくつか考えられるが,まず,体の末梢から戻ってくる異なった部位からの静脈血の炭酸ガスや酸素の濃度はそれぞれ異なり,これらは心臓の中で攪拌される必要があるわけで,Rey-nolds'numberが大きくなって,渦流や乱流が起こることは,それらの血液を均等に攪拌して肺に流し込む生理的な意味をもっている。同様に,左の心臓についても,肺から戻ってくる血液は,肺の基底部や,肺尖部など,肺の部位によって酸素の含量が異なり,これらは左房で均等に攪拌される必要がある。
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