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聴講者のメモから

「わが国と海外にみるナショナル・トラスト活動の動向」

○ナショナル・トラストとは次のように定義できる。「都市化や開発の波からすぐれた自然や歴史的環境を守るために、広く国民に寄金を呼びかけてそれらを買い取り、あるいは寄贈を受けて、保護し、維持し、公開する活動」と。19世紀の末の1895年に英国で3人の市民による話し合いから始まった。産業革命による国運が発展した一方で、国民の誇りとする貴重な環境が壊されてゆく現実を前に、国民自身の手でこれらを守っていくことにした。これが始まりだった。

○英国議会は1907年にナショナル・トラスト法を制定し、資産の「譲渡不能・永久保存」の特権の保証や、寄付者に対し、所得税や法人税の控除、さらに相続税の免除を認めるなど、トラスト運動を支援している。この運動は第二次大戦後オーストラリア・ニュージーランド・アメリカなど24カ国に広がりそれぞれ独自の活動を展開している。

○わが国では1964年に鎌倉で始まった。鶴岡八幡宮の裏山の御谷(おやつ)に住宅開発が行われようとした時、歴史的景観をまもるために市民が「財団法人鎌倉風致保存会」を組織し、募金を集めて、開発予定地の一部、1.5ヘクタールを買い取り、開発を中止させたのが第一号。呼びかけ人のひとり、大佛次郎氏は「過去に対する未練や郷愁のためでなく、将来の日本人の美意識と品位のため」と市民運動について述べている。

○北海道の斜里町では、知床半島の原生林の復元を目指して「知床で夢を買いませんか」と土地買い上げの寄金を呼びかけ、全国の4万8000人から、5億1800万円が寄せられ、開拓離農地は町によって買い戻され、原始の姿に戻そうと植林が続けられ、このほど目的を達した。これからは「知床で夢を育てませんか」をモットーに運動は新しい段階を迎えている。その他、和歌山県の田辺市では紀伊水道に面した天神崎の買い取り運動が、長野県の南木曽町では江戸時代からの中山道の宿場町・妻籠宿の保存・再生運動がというように、住民によるトラスト活動が展開されている。また「かながわトラストみどり財団」「さいたま緑のトラスト協会」「せたがやトラスト協会」「佐倉緑の銀行」など住民と自治体が協力して推進する活動が盛んになってきた。

○こうした全国各地に広がる運動組織の連絡・協力組織として1983年に「ナショナル・トラストを進める全国の会」が結成され、1992年に「社団法人日本ナショナル・トラスト協会」という公益団体に発展的に改組された。活動の内容と規模を拡大した協会は、各地の運動の発展を目指して、トラスト活動に対する税制の優遇措置の拡大、法制度の整備を国に働きかけている。

○活動の国際交流も盛んで、ナショナル・トラストの全国大会や研究会、シンポジュウムに海外のトラストの代表を招待したり、国際大会で、わが国の活動状況の報告を行っている。さらに毎夏、イギリスのナショナル・トラストが行なっている資産修復のボランティア活動に、希望者を選考し、派遣している。
世界のナショナル・トラスト活動に共通する特質は、第一に住民の「自発性」に支えられた運動である。第二は将来・破壊されるかもしれない貴重な環境を先手を打って保護しようとする「先見性」。第三は「教育性」。環境は私たちの手で守るのだという意識を持たせること。そして第四に「協力性」。各地で展開されている活動に、全国各地から寄金が寄せられているのをはじめ、各地の運動組織は、協会を通じて互いに連絡しあい、経験と情報の交流に努めている。

 

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