日本財団 図書館


知的障害者福祉研究報告書
平成9年度調査報告  〜知的障害者福祉研究会 提言報告〜


知的障害福祉(知的障害者についての社会援助施策)の
今後の動向と将来の課題

1 はじめに

保健・医療、公的年金、福祉医療施策を量的観点からみた場合、国民負担の割合を考え合わせる時、我が国の福祉水準は決して低いものではない。
ただ、福祉分野には大きなアンバランスが横たわっている。それは、公私の格差であり、障害種別間の差異であり、また医療費や入所施設にかかる費用と生活援助(一般的に在宅援助といわれている)の間の格差である。このアンバランスの主要因は、福祉分野が医療的ケアの領域から離れられないこと、一部の恵まれない障害者を施設入所という手段でまるごと救おうという、古い慈善的色彩の福祉が根底にあることが原因と思われる。
近年、人口の高齢化が進むにしたがって、少数の弱者を対象にするこのような慈善的福祉は、国民全てが対象になる可能性をもつ−そのためには相応の負担を覚悟しなければならない−「社会保障」へと様変わりしている。この傾向はここ10年間で益々はっきりして来た。
そして、更に2000年の「老人介護保険」の実施をひかえ、また現在検討されている「公的年金法」「医療保険法」の抜本的な変革もあって、この流れは一層加速されることになろう。これから21世紀初頭にかけて、日本の社会保障政策は、負担と受益との間のバランスという点で国民の合意を取りつけながら、徐々に新しい姿を現していくことになるであろう。この新しい社会保障の姿は、次の二つの柱を中心に据えたものと思われる。

それは、
?@地方自治体(市区町村)を主体として施策が展開されること。
?A(今までの入院、施設入所中心ではなく)地域生活援助を基本とした施策であること。
?B援助の対象となる障害者がどのような援助を受けるかを選択し決定することができること。(援助を受ける人が一定の負担を条件に援助計画に積極的にかかわること。)

このような基本的な柱はこれから論じようとする知的障害をもった人達の分野でも同じように適用されるべきであると考える。
以下、我が国の社会保障の将来の流れの中で知的障害福祉分野はどのように変化するのであろうか。またそれがもつ課題は何か。次の6項目に分けて、若干の提言をまじえながら述べてみたい。

(1)知的障害をもつ人本人の選択と自己決定及び社会参加
(2)地方自治体(市区町村)をサービスエリアとする施策の展開
(3)入所施設の変革
(4)地域における生活援助システムの構築と実践
(5)人材の養成
(6)新しい理念、施策、実践モデルの紹介と普及

(1)知的障害をもつ人本人の選択と自己決定及び社会参加
21世紀は「障害をもつ人も、もたない人も、同じように社会生活を送る」というノーマリゼーション理念のもと、知的障害をもつ人達に地域での「あたりまえの生活」を保証する援助が主流になるであろう。
そのためには先ず知的な障害をもつ人達の人権を尊重することである。
そこで我々は障害をもつ人達の意思を聴き出すことから始めなければならない。
知的障害という特性から、彼等は自らの意思を伝えることが困難である。まして、それを他に向かって主張することは至難であるといってよい。

今までは、知的障害をもつ人達自らが、どのような人生を送るかを決定し、どのような援助を受けたいかを選ぶ機会はごく限られたものであった。
彼等に対する援助は、あらかじめ提供する側の都合によって準備され、親・家族、関係者が代弁・代理することで進められてきたのである。そこには障害をもつ人達の人権がないがしろにされる恐れがあり、極端な場合は、人権侵害の生まれる余地がなかったとはいえない。
今日、障害をもつ人達本人が声をあげ始めた。
我々はこれらの声に素直に耳を傾け、彼等の希望する生活にそった、しかも選択できる援助システムを構築していかなければならない。

(2)地方自治体における施策の展開
知的障害福祉の分野にあっても国の補助金と措置費に基づく福祉政策(許認可権を国がもち、原則的には入所施設中心の施策)は転換期にある。
地方自治体が、それぞれの地域性に合わせたサービスが計画・実行される段階に入ってきたといってよい。このような流れは、「福祉六法の改正」をきっかけに、各自治体の「障害者福祉計画作成」もあって、促進されることになった。
「障害者福祉計画」は「介護保険法」の影響もあって、単なる数合わせではなく、より実現可能なものになることが予想される。
地方自治体主体の福祉サービスの時代にあっては、その施策に必ずその自治体の住民の意向が強く反映されることになろう。また一方、「それを必要とする障害者に真に必要な援助を提供する」という、障害をもつ人の自立とニードに応じた援助とのバランスの上に立ったケースマネージメントがキイポイントとなる。
同時に忘れてはならないのは、福祉施策においてコストパフォーマンスが重視されるようになることである。この意味から税金、保険料も公的、又は各種団体の補助金も次の点を留意して活用されることになろう。

(a)単に制度運用者や施設設置者側の要望だけでなく、真に障害をもつ人のために役に立つと確信できること。
(b)地域住民の合意を得ていること。
(c)施設を設置・管理し、制度を運営する社会福祉法人のみならず、地方自治体がその福祉サービスの経営に積極的な関心をもって支援し、それを発展させる気がまえがあること。
例えば、建築物・設備に対して助成しても、人件費を主体とする運営費に関して地方自治体が継続的に援助する確証がないと、その施策は有効に機能せず、いわゆる宝の持ち腐れになってしまう。
(d)特に各種団体の補助金にあっては、それによって生まれる果実が全国的レベルから見て「モデル」たり得るものであり、しかも普遍性・普及性があること。

(3)入所施設の変革
今なお10万人強の知的障害をもつ人達が生活している入所施設(精神薄弱児施設、精神薄弱者援護施設)は、1950年代から年々増加し続けている。障害児者をもつ親・家族に対して安心感を与えるこれら入所施設は、我が国のこの分野の福祉の中心的存在として一定の役割は果たしてきたことは事実である。
しかし、障害をもつ人達の自己決定と選択が叫ばれ、地域生活援助システムが生まれていくのにしたがって、近い将来、入所者数の削減、住居環境の改善、生活形態(日課、日常活動)の大幅な見直しが迫られることは必至である。
また、長期的な展望に立てば、入所施設の縮小、廃止も視野に入れる必要があろう。当然、これらを実行するに当たっては、一つ一つ着実に入所施設に替わる地域生活援助システムを同時進行的に構築していくのでなければならない。そのため下記の点に十分留意する必要がある。

(a)入所施設がそれが存在する地域に住む障害者の援助に貢献していること。
この意味で、家族が日帰りで訪問できる範囲に住む人達によって利用されることが望ましい。土地の取得が容易な過疎地域に入所施設を設置し、障害をもつ人達を生まれ育った地域社会から隔離するようなことは今後は厳に慎むべきであると考える。

(b)住まいを実感できるような住居設計にすること。
利用者(=そこで生活している人)の立場に立てば、入所施設は「住まい」として機能するものでなければならない。したがって、個室を確保することはもちろん、食事、入浴、団欒もできる限り少人数の静かな環境で過ごせるようにしたい。
当然ながら、住環境の改良だけでは入所施設の変革はできない。これと共に、入所施設で働く職員の抜本的な意識改革が必要になることは当然である。

(c)21世紀にふさわしい、20年〜30年先を展望した施設づくりをすること。
(入所施設は一たび建設すると最低30年は存続することを考慮に入れなければならない。)
社会福祉法人が「入所施設」というハコに限定して改修を考えているのでは将来を展望した抜本的改革はできない。(年齢超過児をかかえ、老朽化した児童施設を成人施設に転換するなどはその例である。)

嘗て市街地から遠く離れていた施設の敷地も、長年の間に周辺に住宅地や商業地が誕生している。地域社会の理解も進んできて、今は社会福祉法人は、地方自治体と協働して、地域社会全体に貢献できるように長期的展望をもって、改善策を講じなければ、生き残れない運命にある。
一例として考えられるのは、従来の入所施設を、入所者定員を減員し、思い切った改善をほどこした上で、極めてニードの高い障害者(例えば行動障害をもつ人達や重複障害をもつ人達)などの短期的な治療教育・訓練施設として活用していくことを計画することが考えられる。

これに加えて周辺に、グループホーム、デイセンター、ショートステイハウスをもつなどの地域サービスシステムを形成することなどが理想である。このような組み合わせは、法人の努力によって、ケースマネージメント、人権擁護、職員養成、障害者の地域生活をバックアップする機能をもつ総合的なシステムづくりに発展していくことになろう。

(4)地域における生活援助システムの構築と実践
知的障害者福祉の先進国は法制度をドラスティックに改正し、地域支援システムの構築と並行して入所施設の縮小・廃止を実行している。
これに対し、我が国の施策は、地域福祉が叫ばれているのにもかかわらず、未だに入所施設に重心を置き、それを地域サービスの拠点として活用しようとする意図が見える。(端的にいえば、ハコ物主体の補助金・措置費主義から抜け出せないでいる。)
「入所施設」の「地域サービス」の拠点としての活用は、過渡的な手段として一時的には止むを得ぬとしても、長続きするべきものでなく、かえって「地域サービスシステム」を中途半端にしており、現に数々の弊害も指摘されている。結論をいえば「地域生活援助サービス制度」は新しい理念の基に、新しく構築するのでなければならない。
入所施設に頼らない独立した知的障害の地域サービスシステムをつくり上げることである。しかも、それには、最低限、対象者一人当たり施設入所と同等の費用をかけるのでなければならない。それと同時に施設入所者と地域サービスの利用者(例えばグループホームの入居者)の生活費負担額が同等であるようにしなければならない。
地域サービス資源がほとんど存在しない。数少ない地域サービス資源が不安定で費用が高い。その一方で入所施設には生涯保証があって負担が軽い。これでは入所施設への要求が高まっても不思議はない。財政的見地からも「地域生活サービス」にインテンシブが働くように工夫するべきなのである。

具体的にいえば、?@グループホーム制度を中心とした知的障害をもつ人達の「住まい」と「生活援助」 ?Aデイセンター制度を中心とした知的障害をもつ人達の「仕事」「文化活動・余暇支援」 ?Bサポーティッドエンプロイメントを中心とした知的障害者の就労の促進の三点について長期的展望に立った青写真をつくることが焦眉の急である。
知的障害をもつ子供達にとっては、先ず家族のために、?@レスパイトサービス、ショートステイ機能をあわせもつ相談センター ?A重い障害あるいは行動障害や精神障害、重複障害をもつ子供達に対応できる専門家集団を組織することが急務といえる。
その他、ケースマネージメント機能を発揮できる組織を地方自治体の行政機構と社会福祉法人が協力してつくることも必要となる。
最後に、権利擁護、オンブズマン制度の確立も忘れてはならない。

(5)人材の育成
すべての福祉分野において、質の高い人材の確保が必要なことは常々強調されている。あらゆる事業・人間活動にあって、質の高い人材が必要であることは今更いう迄もないことであるが、特に福祉施策はこの人材の養成こそが最大の課題である。たとえ立派な建物・設備(ハードウェアー)、よい制度やマニュアル(ソフトウェアー)があっても、質の高い十分な人材(ヒューマンウェアー)がない限り、前者が有効に機能することはあり得ない。
介護保険制度の導入もあって、現在老人福祉の分野では各種の人材の養成を迫られている。知的障害の分野にあっても、援助職員の研修・質の向上及び専門職種の養成はまさに緊急の課題であると考える。
ところで、入所施設中心の方策は、ややもすると従来入所施設で実施されてきた、「指導・訓練」を主たる役割とする保母・指導員をもって、知的障害者の地域生活援助を行う職員に転用したり、又施設に専門性を求めているが、これは誤りである。

一方、あたかも未経験な誰もがグループホームの世話人になり得るという安易な発想も危険である。あらたに従来の入所施設の職員の理念や意識を刷新し、地域生活援助のための知識・技能・心構えを教え、現場実習を通してこれを体得するようなシステムをつくるのでなければ新しい時代に適応する人材は養成できないと思われる。
現状では、一つは障害児教育又は福祉学部をもつ大学、短大、専門学校等がこの任務を担っているが、知識、技術、実習という観点から不足な面が多い。これら教育機関で得た知識を各種施設での経験によって研き、専門家として育成するという考え方もあるが、現在の入所施設を中心とする体制の中では、新しい時代にふさわしい人材を養成することは極めて困難と云わねばならない。それは、前述の通り、入所施設の生活指導、職業訓練と地域生活援助とは、理念、習得すべき知識、手法、技術、すべての点で違いがあるからである。
例えばグループホームの援助職員(世話人)に対し、デイセンター・小規模作業所の職員に対し、新しい時代にふさわしい知的障害者のニードと選択に応えられる内容をもった養成プログラムを早急に準備する必要があるのではないだろうか。

(6)新しい理念と施策、実践モデルの紹介
知的障害をもつ人達の自己決定と選択にそった援助の理念、施策の実際の姿は、今は本人、親・家族そして福祉関係者の間でやっと理解が始まった段階である。まして、世間一般にはほとんど知られていない。
本人、親・家族、福祉関係者を元気づけ、その選択肢を広げるためにも、一般の人達の理解を深めるためにも、福祉先進国の実情、国内の先駆的な実践をあらゆる機会に、各種の媒体(ビデオ、小冊子、インターネットなど)を用いて、広く紹介することは有効な手段である。
新しい有用な情報をできる限り早く多くの人達に共有してもらうことによって、新しい時代の知的障害をもつ人達の福祉は確実にその質を向上し、普遍化していくことであろう。


目次ページ 次ページ





日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION