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5. 国際交流の状況

 

(1)七飯町の国際交流の歴史

 

●七飯町は、幕末の1854年に箱舘が開港されたことにともなって外国人遊歩地区と指定され、また外国船の需要を満たすために御手作場や牧場が開設されるなど、日本の中でも早くから外国との交流があった場所である。

●その後、明治政府の農業試験場である七重官園が設置され、北海道の近代農業の発祥の地として、外国人教師により輸入家畜の飼育や加工技術の指導を受けたり、道路を整備する外国人技師向けの様式ホテルである峠下ホテルが整備されるなど、明治においては北海道近代化の要所として、多くの外国人と関わって来た。

●また、歴代天皇の来訪を受けた魅力的な保養地でもあり、ドイツ皇帝をはじめとした外国人の来訪も数多く受けている。

●長い間、外国人観光客との交流が専らだったなかで、昭和39年、国際福音宣教団チーフスクールが開設されて外国人と町民との交流が日常的になり、異国文化に対する寛容性が浸透し始めた。

●昭和54年には「第1回国際交流のつどい」が、当時、町内在住の秋尾晃正氏の提唱により、大中山地域農協青年部による留学生のホームステイ受け入れで開催された。この草の根交流は、財団法人北海道交流センターの活発な活動により全道各地に広がりをみせ毎年実施されている。この国際交流のつどいの他、日本文化講座等に参加した留学生は、町内各学校での交流、イベントへの参加等、積極的に地域住民との交流を図っている。

●昭和58年と昭和63年の2度にわたって広中平祐氏の(財)数理科学振興協会主催の国際セミナーが開催され、参加外国人と住民との交流も行われた。

●昭和63年には、地方圏における外国人旅行者受入体制を整備促進する国際観光モデル地区に、函館市と森町とともに「函館・大沼国際観光モデル地区」として指定された。

●こういった七飯町の国際交流の歴史と大沼国定公園の豊かな環境を活かして、豊かな自然の中で国際会議ができ、ふれあい交流の場となる基盤整備を図るため平成2年「世界を結ぶ北緯42度の里」整備構想が策定され、それに基づいて建設された北海道大沼国際セミナーハウスが平成4年、完成した。

●平成5年からは、同じ北緯42度上にあるアメリカ合衆国マサチューセッツ州コンコード町との交流が始まり、平成9年には姉妹都市提携調印を行った。

 

 

 

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