日本財団 図書館


いわゆる海域利用調整について

 

海上保安大学校 交通安全学講座  松本宏之

 

1、はじめに

近年の海域利用の特徴として、埋め立てや海洋構築物の設置に伴う海の陸域化あるいは狭隘化、経済活動に伴う海上交通のふくそう化あるいは混在化、国民の余暇活動に伴う海洋レジャーの大衆化等が指摘されています。しかし、制約された海域を多くの人が異なる目的で利用するために、必然的に利用が競合し、利害が衝突する場合が多く、衡平かつ総合的な観点からの抜本的な解決策が存在しない現在、海上交通秩序を維持するための海域利用調整の必要性が認識されつつあります。特に従来型の競合である通航路での一般航行船舶と漁ろう船との利害衝突に加え、近年は地先海面におけるプレジャーボートや遊漁船と漁船とのトラブル、海洋レジャーにかかわる利用形態間のトラブル、あるいは港湾計画や海域利用計画にかかわる新規参入者(海域利用後発者)と既得権者(海域利用先行者)との競合が、国民の価値観の相違や権利意識の高揚を背景として、場合によっては情緒的対立を伴って表面化しつつあります。したがって海域によっては、レッセフェールを基調とした海域利用形態の共存共栄は不可能な状態にあり、そのような伝統的な考え方を修正し、何らかの管理手法に基づく適正利用を目指す必要があります。

さらに海上交通環境の悪化に伴い、今後はとりわけ海域利用の権利義務関係が法的に未整備な一般海域において、新たな海域利用形態の出現に伴う非従来型の競合あるいはトラブルが日常化することが予想されています。しかし海域利用調整に関する技術的合理性に基づく客観的な評価基準がないために、価値観の異なる利用形態間の合意形成プロセスには解決困難な問題が多いといわれています。また社会的問題としての海域利用調整に関する研究は少なく、いまだに海域利用形態間の競合を解消する汎用的な合意形成システムや海域利用調整マニュアルは提示されていません。ここでは、新たな海域利用の秩序化を図る上で不可欠なシステムとされている海域利用調整の概念について簡単に説明します。

2、海域利用開整の問題点(人的側面を中心に)

海域利用形態の主体は、基本的には一般船舶運航者・漁ろう従事者・工事作業関係者・海洋レジャー関係者・その他の海域利用者に分類されます。しかし概念的なグルーピングは可能であっても、現実問題として組織化・集団化という点からは、きわめて困難な問題に直面することになります。例えば、一般船舶運航者は各種の組合や協会を通じて漁ろう従事者は漁業協同組合を通じて、工事作業関係者は管理組合や施工業者等を通じて、組織的に合意形成を目的とする調整の場に代表者をおくることも可能です。ところが不特定多数の者が不定期に個別の目的で活動する海洋レジャー関係者は、その性格上、一般に組織的な意思統一や周知がきわめて困難であり、その実態さえ完全に把握できない状況にあります。

また海洋レジャー関係者といっても、モーターボート、ヨット、水上スクーター、ボードセーリング、サーフィン、遊漁船、スキューバダイビング等、その行動形態や思考様式は本質的に異なっており、海を楽しむという目的のもとでは同じ利用形態に属していても、その小グループ間で競合する可能性があります。したがって個々具体的な競合が発生する海域においても、組織化されている海洋レジャー関係者あるいは比較的活動頻度の高い海洋レジャー関係者が対象の場合は、関係者が調整の場につくことも可能ですが、それ以外の場合は海洋レジャー関係者のほとんどが日常生活を陸上でおくっていることもあり、競合に伴う個別の利害衝突に対応してスポットで解決が図られることになります。

次に問題となるのが、海域利用調整の構成員たる各利用形態の主体の価値観の相違です。全体として、競合に対する基本的認識あるいは共存理念は一致するものの、問題解決のための具体的手法の選択や評価の尺度については、参加者のコンセンサスが得られにくく、結論的には賛同するが各論的には反対するといった状況も考えられます。さらに海域利用調整の場におい

 

 

 

前ページ   目次へ   次ページ

 






日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION