日本財団 図書館


火災めぐる法律責任の諸相(後)

―市民に対する防災教養の一環として―

茨城大学講師(非常勤)関 東一

 

4 火災と民事責任

(3) 使用者責任

ア 使用者責任の意義及び失火責任法との関係

火災との関連で、「使用者責任」というのは、被用者(従業員)がある事業の執行について、失火によって他人に損害を与えた場合には、使用者がその損害を賠償する責任を負わなければならないということです(民法第715条第1項本文)。ただし、使用者が被用者の選任や事業の監督につき相当の注意をしたとき又は相当の注意をしたのに損害が生じたときは、責任を免れます(同条同項ただし書)。

ところで、被用者の失火によって他人に損害を与えたような場合に失火責任法が適用されるかどうかについては、判例・学説(通説)とも失火責任法の適用を認めていますが、被用者に対する使用者の選任監督上の注意義務については、失火責任法の適用を否定しています(最高裁昭和42年6月20日判決)。したがって、使用者は、被用者が重過失によって失火し、他人に損害を与えた場合には、使用者の選任、監督に重過失がなくても(軽過失の場合であっても)、損害賠償責任を負い、被用者の失火に重過失が認められない場合には使用者の損害賠償責任が免れることになります。

イ 裁判例

被用者の失火に重過失があったとして使用者の損害賠償責任が認められたものの一例として、次のような事例があります。

?@被用者である公衆浴場のボイラーマンが、焚口を離れて番台で雑談中に、焚日から落ちた火の粉が床に散乱していた紙屑に着火して火災となり、隣家に延焼した事例(最高裁昭和42年6月30日判決)

?Aドラム缶を利用して「おが屑」を焼却しているうちに飛火したのが原因で発火した火災につき、焼却作業に従事していた者の重過失が肯認され、使用者の賠償責任が認められた事例(東京高裁昭和58年3月30日判決)

?B業務用オーブン付ガスレンジの熱が壁面に伝わり、火災が発生した場合につき、ガスレンジを設置した業者の従業員に重過失があったとされ、その業者に使用者責任が認められた事例(東京地裁昭和61年12月18日判決)。

?Cストーブに給油中、カーペットに相当量の灯油をこぼしたが、これを十分に拭き取らないまま、燃えている紙の火をもみ消したため、火の粉等がカーペットの上に落ちたのち、漫然その場を離れるなどして火災を発生させた従業員に重過失が認められ、会社の使用者責任が肯定された事例(東京地裁平成元年10月19日判決)。

(4) 工作物責任

ア 意義

火災との関連で「工作物責任」というのは、土地の工作物の設置や保存(維持・管理)の瑕疵(欠陥)に基づく出火によって他人に損害を与えた場合あるいは他の原因で失火した際、工作物の設置や保存の瑕疵によって他人に損害を与えた場合には、その工作物の占有者又は所有者は被害者に対し損害を賠償しなければならないことです(民法第717条第1項本文)。ここで「設置又は保存の瑕庇」とは、工作物がその種類に応じて通常備えるべき安全性や設備を欠くことですが、近時の判例の傾向としては、特に危険な工作物については、損害の発生を防止するために必要な設備を有していない場合、あるいは、工作物の安全を維持するために一定の作為義務や危険防止義務を尽くさなかった場合にも瑕庇があ

 

 

 

前ページ   目次へ   次ページ

 






日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION