て名医を探してきて診察させた。一通り診察が終わったところで劉邦が聞く。「どうじゃ、わしの病状は」。医者は誰でもいいそうな、「ははーっ、きっと良くなりますぞ。お気を確かに」とか何とかいって慰めた。そしたら声を荒げてその医者を叱ったっていうんですね。「ばかをいうな。わしが一介の農民の子から成り上がって天下を取れたのは天命だ。こうしていま死んでいくのも天命だ。この天命だけは医者が何十人束になってかかってもどうすることもできないんだぞ」と。
堀田 ものすごい悟りですね。劉邦がそこまで天命を自覚できた所以は何なんでしょうか? やはり仕事と楽しみと…。
守屋 そうですね。天下を取ったという一番大きな仕事を成し遂げましたし、楽しみのほうも、英雄豪傑。若い頃からこの人は遊び人なんすよ。酒と女が大好き。そればっかりじゃなかったんでしょうが、人生の楽しみをしっかり持っていた人でした。天命を自覚するというのは、調子良くいっている時はあまりないんですよ。逆境に陥った時。そして最大の逆境がやはり死んでいく時だと思うんです。天命を自覚できれば、まあ、変にじたばた悪あがきをしないで済みます。
堀田 まさに、やるべきことはやったという人生ですね。それから、ご著書にあった、呂新吾(りょしんご)という人の、「嘆くべきはこれ老いて虚しく生きるなり」という言葉、これもいい言葉ですね。
守屋 呂新吾は明時代の腐敗した官僚社会の中で非常に硬骨ぶりを貫いた人なんですね。自分の信じるところに従って、まっすぐに生きた。だから謀略に近い形で引退に追い込まれても、やるべきことはやったと。「老いるは嘆くに足らず。嘆くべきはこれ老いて虚しく生きるなり」、嘆ぐべきは年老いて何の目的もなく生きていることであると。
堀田 中国古典には、本当に人間が生きる上でのいろいろな知恵が語られていて、それが二五〇〇年の昔からあるというんですから、大変なものです。この頃、IQに対してEQという考え方がアメリカでずいぶん浸透してきました。これは従来の西欧的な合理主義、知能絶対の思想に対して、もっと情感、心というものを信じて人と接し、社会を治め、会社も経営していこうという考え方ですよね。その関係の本を見ても、結構中国に学んでいる。今日のこの対談を読んで、改めて中国古典に触れてみたいという方もおられると思いますが、どの辺から手に取ってみるといいでしょうか?
守屋 呂新吾の言葉をまとめた『呻吟語』(しんぎんご)も比較的読みやすいですし、それと『菜根譚』(さいこんたん)は年配の方におすすめしたい古典ですね。日本は歴史的にみても、こうした教えを熱心に学んで、そのいい面をまじめに引き継いできたんです。それが日本社会のいい点なんですね。現代に生きる私たちも、もっともっと中国古典に学ぶべきことはあると思います。
堀田 人生の後半も輝けるように、若い時から、しっかり目標を持って充実した日々を送っていけるよう、がんばりたいですね。本日は貴重なお時間をありがとうございました。

