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海洋生物の形態学は,さまざまな潜水工学,光学,電子工学,材料科学,などの領域の支援を得た研究手法の進展とともに,把握できる状態,量や精度が向上してきた。それとともに,新たな視覚世界を拡大し,一般の人の海洋生物への認識も高めてきたと言ってよいと思われる。

 

3-2-5 海洋調査の現状と将来

地球の約3分の2を覆う海洋の調査は古くはアリストテレスの時代から行われているが,海についてはまだ多くの未知な部分が残されている。最近,注目されている海底の熱水噴出孔付近からはいまでも新種が次々に報告されている。地球規模の異常気象とも密接な関係を持つエル・ニーニョ現象の起因および影響についても詳しいことはまだ解明していないのが現状である。

海洋調査といっても沿岸と沖合い,浅海と深海,熱帯の海と極海では大いに異なる。いずれの場合にも,海洋観測には船は不可欠である。海洋科学は物理学,化学,地学,生物学,水産学にまたがる複合領域なので調査の対象も多岐にわたり,また調査・観測に使用する測器もさまざまである。例えば物理分野の航海ではCTD(水温・塩分・水深が計測できるシステム),流向流速計,気象海象装置,XBT,化学分野では用途に応じた各種採水器,海中の沈降物を捕集するセデイメントトラップ,現場濾過装置,曳航式蛍光光度計,地学分野では海底地形作成用のシービーム,地質構造調査のための音波探査装置,重力計,磁力計,地震計,堆積物採集用の各種採泥器,生物・水産分野では超音波を用いてプランクトン,魚類の深度別生物量を計測する科学魚探,プランクトン採集器,魚類捕獲用のトロールネット,ベントス(底棲生物)採集用ネットおよびトラップなどが主な積載測器である。

浅海では,SCUBAダイビングによる潜水調査は珊瑚礁の調査,生物の行動観察,採集などに威力を発揮し,南極海でもアイスアルジーやオキアミ,ペンギンの行動観察にも導入されている。しかし通常のダイビングの限界深度は有光層の30m以浅で,それより深い所の調査は有人あるいは無人の潜水艇,水中カメラ,水中テレビなどを用いなければならない。将来は50〜100mぐらいの深度に有人の潜水基地を設けることも可能で大陸棚上の調査の進展に役立つであろう。現在,日本には海洋科学技術センター所有の2隻の有人 潜水艇『しんかい2000』,『しんかい6500』が有り,海底地形調査,熱水孔・冷水孔生態系調査,生物発光の観察,深海生物の採集などで成果を挙げている。しかしいずれの場合も1回の潜航時間は8時間前後であり,有人宇宙船の滞空時間に比べると極めて短い。潜航時間は積載されている電池の容量によっても制約をうけるので,長寿命の軽量電池の開発が待たれる。海洋の各位積土木作業では欠かせない水中ロボットも将来は大陸棚上での観測作業には威力を発揮するであろう。

1980年以降は海洋調査にも人工衛星が利用されるようになり,衛星に設置された各種センサーを使用して気象,表面水温,海洋の基礎生産力を推定するためのクロロフィル量についてのデータが集積できるようになった。荒天のため船舶の運航が困難な冬の亜寒帯水域や極海の調査も人工衛星では可能で,現在では地球規模の海洋観測には衛星のデータは不可欠である。人工衛星を用いて情報が得られるのは海表面付近のみで,それより深い所は船で観測しなければならないが,将来は有光層上部からの情報収集は可能になる。

最近は世界の海洋の至る所に,長期観測用の係留系が設置されて流向流速,水温,塩分,クロロフィル量などの日々の変動がリアルタイムで衛星を経由して基地(研究所)に送られてくるようになった。1990年代の後半から地球規模の変動を調べるためにWOCE(世界海洋循環実験計画),GOOS(海洋観測共同研究計画),JGOFS(地球的オーシャンフラックス国際共同研究),GLOBEC(地球規模の海洋生態系変動の研究)など大型国際共同プロジェクトが実施され,我が国も積極的にこれらのプロジェクトに参加している。これらの共同研究では長期係留系の果たす役割は観測船同様に極めて重要である。

船の運行には莫大な経費がかかるので海洋観測に飛行機や飛行艇を導入すべきであるという意見もある。特に飛行艇は空中計測のみならず着水時には測器の投入や回収も可能であり,船で3日ぐらいかかる定点でも1日で往復できるのは魅力的である。

最近,注目されている測器としてマイクロデータロガーが挙げられる。この測器は主に海洋生物に取り付けて行動を観察するために開発され,当初は大きくて,重いため対象生物に負担をかけたが,最近ではタバコの大きさより小さい軽量マイクロデータロガーも現れた。鯨,イルカ,アザラシ,ペンギン,ウミガメ,鮭,水鳥に長期にマイクロデータロガーを取り付けることにより,これまで分かっていなかった回遊行動,潜水行動,摂餌生態も明らかにされており21世紀にはより発展が期待される。

最後に海洋観測で重要なことは測器類の開発と若手研究者の育成である。我が国は欧米とくらべると海洋科学を教育する場は極めて少なく,研究者の層も薄い。これには現在,一つしかない海洋学部をもつと増やすか,理学部,水産学部の中に海洋関連の講座を増やす必要がある。海洋は宇宙と並ぶビッグサイエンスであるが予算面,人材面でも宇宙に大きく遅れているのが実情である。

 

 

 

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