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も一長一短があって,しばらくは現状のような両面の取扱が今後も続けられた方がよいと思う。

さて,日本での海洋学への対応を振り返って眺めると,欧米と同じように両方がみられる。海洋学を学部から取り上げたのは東海大学で,学部の設立は1962年のことである。十数年後に琉球大学理学部に海洋科学科が置かれたが,これも規模は小さいが東海大学と同じ扱いである。ただし,琉球大学は数年前の改組で,海洋学は少なくとも学科名からは消えている。いくつかの国立大学の理学部に1970年代に地球物理学科が設けられ,その中に海洋物理学講座が置かれたが,これも哲学派のいきかたといえる。当初は,地球物理学科の整備が済んだ後で,化学や生物にも同じ様な措置がとられる期待感が関係者の中に強くあったが,実現には到らなかった。したがって,日本では国立大学は最初は海洋学をOceanologyとして考えていたようであるが,完遂することなく途切れてしまった感がある。

東海大学の海洋学部の発足と同じ1962年に東京大学海洋研究所が設立され,全国共同利用の大学院以上の教育・研究機関となった。ここが日本の海洋学の研究を支える中心として機能した。したがって,結果から考えれば,国立大学は海洋学を大学院から,つまり,Oceanographyとして扱ったことになる。

ただ,日本が欧米と大きく違うのは,水産学の存在である。水産学だけの大学,学部,学科が日本国中に,国公私立で数多く存在する。私の知る限り欧米では水産学の大学はもとより,学部や学科にしているところはない。大学ではせいぜい研究室程度で,多くは政府関係の研究所で扱っている。日本では,水産学の大学と研究所で海洋学の教育と研究のかなりが積極的に進められてきた。これは,大平洋戦争前の,水産物を缶詰にして欧米に輸出して外貨を稼いだ,いわゆる外貨稼ぎの優良産業として水産業をとらえたことが背景にある。小林多喜二の小説「蟹工船」の世界である。日本人のための食糧生産の意識よりは,鉱工業と同様の産業としての位置づけの大きさを感じる。その点では日本の水産は農学ではなく,工業としての位置づけが強い。日本の政策は見事に的中して,大平洋戦争後の日本は水産国日本としての地歩を築き上げた。実学としての水産学を支えるために,関係した海洋学も大きく進歩した。ただ,ここにきて水産資源の減少により,水産業は急速に萎んでいる。これはこれまでひたすら「探しては捕る」ことだけを磨いてきた水産業の当然の帰結である。水産業が産業として凋落してしまっていることは,この分野での海洋学の存在も小さくしている。現在の日本では,水産業は農林・水産として,農業と組まれてはいるが,農業の関係者が食糧生産という使命感を強く持っているのに対して,水産の関係者には食糧生産の意識がきわめて低い。どちらかといえば鉱物資源と同じ様な感覚で,ひたすら捕ることだけに専念している面がある。実態は,農林省というよりも通産省的である。こうした考え方を含めて,今後の水産業のありかたが日本の海洋学の運命をも大きく左右する可能性が高い。

この他,日本では気象庁が気象大学校を持ち,海洋分野を担当する高度の技術者や研究者を養成し,気象研究所や各地の海洋気象台で業務と研究活動が進められている。また,海上保安庁の水路部でもデータ収集と研究が行なわれている。これらも日本の海洋学の発展に大きく寄与してきたし,これらは現在も健在である。

 

「生物海洋学」とこれまでの研究展開

海洋生物の基礎研究の分野が生物海洋学であるが,似たものに海洋生物学がある。歴史的には海洋生物学の方がはるかに古く,英語ではMarine biologyと呼ばれる。海洋生物学は海にいる生物の研究を目的としていて,対象とする生物を海から取り出して,実験室でいろいろと実験して現象を明らかにするという方法がよくとられる。これに対して生物海洋学は,英語でBiological oceanographyと呼ばれ,海洋生物の海での生活現象を明らかにすることが大きな目的である。海洋生態学といってもいい。以前は海洋生物学の一分野のような存在であったが,今では独立して性格を明確にさせている。特定生物を考える場合でも,その生物に影響を及ぼす他の様々な生物,さらには物理・化学的な環境についても十分に配慮しなければならない。したがって関係する多方面の研究者との意見交換や,場合によっては共同研究も必要になる。

生物海洋学の概念がはっきり出されたのは,1972年に発行された「Biological Oceanographic Processes」(T.R.Parsons and M.Takahashi著)といわれる。この本では,それまでの個別の生物に特異的な現象の研究を対象としたものではなく,海の中での生物の生活を理解するために生物とそれをとりまく環境の捉え方や扱い方が首尾一貫して述べられている。現象を統一的に捉えやすくするために,数式を多く使ったことも特徴であり,化学や物理の研究者にも理解しやすくなっている。初版は,三省堂から「生物海洋学」(市村俊英訳)として1973年に出版されている。日本での学問分野としての「生物海洋学」のネーミングはここに始まると思われる。この本は,海での生物の研究を,様々な分野の人達にやりやすくすることに貢献したといわれる。1977年には底生生物の章を新たに加えて,T.R.Parsons,M.Takahashi and B,Hargravesで第2版が出版され,ついで1983年には第3版が出された。改訂版の日本語訳は,ずつと遅れて1996年に

 

 

 

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