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シェーンベルク:オラトリオ『ヤコブの梯子』

旧約聖書「創世紀」の第28章。アブラハムの孫にしてイサクの子であるヤコブは、嫁探しの旅すがら野宿をして、奇妙な夢を見る。「先端が天まで達する階段が地に向かって伸びており、しかも、神の御使いたちがそれを上ったり下ったりしていた。」これが「ヤコブの梯子」、つまりシェーンベルクが未完のオラトリオのタイトルとしたものである。シェーンベルクはそのイメージを更に発展させ、そこに、苦しみながら、あるいは喜びながら絶えず歩み続け、それによって神の領域に近付こうとする人々の姿や、その傍らで人々を時に激励し、時には裁きながら導いていく天使ガブリエルの姿を重ねあわせる。

「祈りによって人は神に近付く」という主題でオラトリオを書くという着想は、かなり早くからあった。1912年12月、シェーンベルクは詩人デーメルに歌詞を依頼して、こう伝える。「私はずいぶん前からオラトリオを書きたいと思っていました。その内容は、こうです。今日の人間は、物質主義や社会主義や無政府主義を通り過ぎ、無神論者でありながら古い信仰の残滓を(迷信という形で)残している訳ですが、その現代人が神と闘い、ついには神を見出して敬虔になる。祈ることを学ぶのです!」しかしデーメルは依頼を断り、シェーンベルクはやむなく自らテクストをしたためる。詩は1917年5月に完成。その直後から早速作曲が始められ、9月半ばまでに一気に約600小節分のスケッチが書かれたものの、9月19日にシェーンベルクのもとに召集令状が届き、彼は兵役に赴く。期間はわずか3ケ月程度であったが、この空白が『ヤコブの梯子』の運命を決定付けることになる。作曲は除隊後再開されたものの前のように一気にとはいかず、1922年頃までに更に100小節ほど進んだところでストップ。この頃からシェーンベルクは12音技法による作曲を本格化させており、この曲で用いていた作風との間で折り合いがつかなくなった、というのも大きな理由と考えられている。こうして『ヤコブの梯子』の作曲は、本来の構想のちょうど半ば、第1部と第2部をつなぐ間奏曲の途中までで、中断されることになった。

シェーンベルクが1951年に世を去った後、未亡人ゲルトルートは巨大なトルソとして遺された『ヤコブの梯子』のオーケストレーションを完成させるよう、夫の弟子であったウィンフリート・ツィリヒ(1905―1963)に依頼した。ツィリヒは膨大なスケッチに書き込まれた詳細なメモを参考にしながら忠実に仕事を進め、その結果は1961年に公にされた。

オーケストラの規模はシェーンベルクの1944年頃のアイデアに従って4管編成がとられ、未完に終わった間奏曲では、更に4群の小オーケストラが舞台の上方と離れたところに設置される(これでも300人近い管弦楽と700人以上の合唱を要求していた1917年頃の構想よりは相当小さい)。声楽部分にはシュプレッヒゲザンダ(語り)の技法が多用され、劇的な密度を高めている。オラトリオは、まず絶えず歩み続ける人々の叫びとそれを激励する天使ガブリエルを描き、その後ガブリエルが「神に近付いた」と自覚する者たちを順に召喚し、その言い分を聞いては批判する。ただし最後に現れた「瀕死の男(女声)」だけは、死を通り越して神へ最も近付こうとしている。ここで音楽は神秘的な間奏曲へと移り、その後「魂」の声の響きとともに虚空に消える。ツィリヒも言うように中断したという感じはなく、「彼岸の領域へ消えていく本当の終止」のようである。

 

作曲年代 1915年作詞開始、1917年作曲開始、22年中断。以後数回継続を試みるが、未完のまま。ツィリヒによる第1部のオーケストレーション完成は1961年。

初演 (ツィリヒの補筆による第1部):1961年6月16日、ウィーンでのISCM(国際現代音楽協会)特別演奏会。ラファエル・クーベリック指揮ケルン放送交響楽団ほか。

楽器編成 独唱(ガブリエル:バリトン、使命を与えられた男:テノール、反抗する男:テノール、苦闘する男:バリトン、選ばれた男:バリトン、修道士:テノール、瀕死の男:ソプラノ、魂:ソプラノ)、合唱(混声12部)、ピッコロ、フルート3(ピッコロ持ち替え1)、オーボエ3、イングリッシュ・ホルン、小クラリネット、クラリネット3、バスクラリネット、ファゴット3、コントラファゴット、ホルン4、トランペット3、トロンボーン3、テューバ、ティンパニ、グロッケンシュピール、シロフォン、シンバル2、タムタム、大太鼓、トライアングル、ウィンドマシーン、チェレスタ、ピアノ、ハープ、弦5部。[舞台上方のオーケストラ1]ソプラノ、ハーモニウム、独奏ヴァイオリン6[舞台上方のオーケストラ2]オーボエ3、イングリッシュホルン、クラリネット、バスクラリネット、トランペット3、チェレスタ、ハープ、ハーモニウム、独奏ヴァイオリン5[遠方のオーケストラ1]ソプラノ、ホルン2、トランペット3、ハーモニウム、独奏ヴァイオリン6[遠方のオーケストラ2]ソプラノ3、ホルン2、トロンボーン2、ハーモニウム、独奏ヴァイオリン6

 

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