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海上輸送と造船の将来技術

 

三井造船株式会社社長

星野 二郎

 

1.はじめに

 

第二次世界大戦後日本経済は急速な発展を遂げたが、その中で造船業も著しい成長を遂げ、昭和31年建造量世界一の座を占め、現在もその地位を維持してきている。これからも厳しい環境の中で、世界のトップの座を守って行くには大変な努力が必要であろう。今後社会環境がグローバリゼーション化に代表される大きな変革に直面している中で、物流に就いても変革が求められ、当然海上輸送についても同様であろう。変革して行くには、あらゆる面からの対応が必要であるが、中でも技術の革新による対応が重要であろう。特に、今後のあらゆる社会活動に大きな変革をもたらして行くであろう情報技術は無視する事が出来ない。この情報技術も含めて、今後の造船を支える技術につき考えて見るに当たり、現在までに造船業界に蓄積されて来た技術につき、振り返り今後の技術のあり方につき考えてみたい。

 

2.日本造船技術の生い立ち

 

造船学会創立以来100年間の技術の生い立ちにつき振り返る時、大きく分けて、第二次大戦前と大戦後に区分けする必要があろう。即ち、戦前、戦中の海軍艦艇の建造技術と、戦後の高度経済成長と共に、世界一の造船王国とならしめた技術に分けて考えてみる。

 

2.1 第二次大戦前・戦中の造船技術

 

明治、大正、昭和における日本海軍の建艦史を調べて見ると、海軍造船官等の努力により高度な性能を持つ各種艦船を、短期間に建造する技術を生み出して行き、世界に誇る海軍国とならしめた事が記されている。強力な海軍の軍事力を支える艦船は、自国の技術力により生み出して行かねばならない。それは強固な組織力と多くの技術者集団により、高性能な艦船の建造が行われて来た様で、その技術開発の方法は

・軍事的な戦略の基本となる、艦船の兵装、速力、航続距離等を決める部署

(戦略をたてる人)

・艦を運用する面から、耐波性、居住性、復原性、防御力等の要求を求める部署

(運用する人)

・厳しい要求を満足させ設計、建造して行く部署

(造る人)

この三部署が一体となり相反する様な厳しい要求に、如何に対応解決すべきか果敢な挑戦がなされた。特に優れた艦船の建造に携わった艦政本部及び海軍工廠の存在は大きく、重量軽減と重心位置の管理等に就いては、細心の努力が払われ、新しい技術開発の取り組みが積極的に行われた。重量軽減策として当時としては、画期的な60キロ高張力鋼並びに溶接構造等の技術が採用されて居り、これら技術開発の取組み方、即ち、至上命題に対する挑戦が技術力を大きく成長させ、戦後の日本造船技術開発への母体となっていると言えよう。

 

2.2 第二次大戦後の造船技術

 

第二次大戦により、造船、海運も大きな打撃を受けたが、その復興に向けて昭和22年より計画造船が始まり、その翌年には戦後初めての輸出船が建造された。これを契機に新しい技術の開発研究が開始された。当時、第二次大戦中に米国で建造された溶接船に、冬期脆性破壊事故が多数発生した。その原因とし

 

 

 

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