である。
(5) 船装システム
係船,荷役,防火,空調等多くのシステムが船には存在する。これらシステムは造船所の責任において設置されるものではあるが,実際にそれらの機器がどのように使われるのかについて造船所側はよく知らないのが現実である。機器を手配しそれを取り付け,個々の機器のマニュアルは造船所側が準備する。しかし,それらを総合しどのように使うかについての機能マニュアルは船主側艤装員によって作られている。これまではこれまでとして,時代に適応した造船を行うためには製品として完成した船を提供できるような体制作りが必要である。
技術開発のインセンティブ
安全のための技術開発は金にならないといわれる。もしそのとおりであるならば重要性をいくら指摘しても現実の世界は動かない。環境問題とともに安全はマクロに見れば経済性と対立する概念ではない。むしろより良好なサービスを提供するという意味で創意工夫を行う対象であるべきものである。環境や安全を対象とした産業は次々に生まれているし,製品引渡の段階で全てを手放すのではなく,消耗品や予備品の補給,ライフタイムサポートにおいてより多くの利益をあげる産業の例は急速に増えている。造船と海運の関係が特殊なのではなく,責任分担をすることによってようやくこの世界も一般化してくるのだという認識が必要である。
個別問題としてみれば,ある船社が安全に手を抜きコスト低減を図り,一時的に不当な競争力を得て悪貨が良貨を駆逐するという現象が出易いこともまた事実である。このような事態を防ぐのが法規制である。時代に応じ最低限守るべき範囲を規制し公平な競争条件を醸成することが目的とされる。船の場合,グローバルな世界を対象とするため国内問題に限定したものとは異なる困難性もあるが,PSCのような形で世界全体に行き渡るよう努力が行われている。
法規制は有効な手段ではあるが,もともとMinimum requirementを要求する性格上安全に対し積極的に創意工夫を行い,さらには必要な投資を喚起するインセンティブにはなりにくい。むしろMinimum requirementをMinimum costでクリアしようとする対応を生み易い。コスト削減志向の風潮の中で,とにかく規制を満たそうという方向に努力が向かうと,規制ばかりが増えて結果として安全向上にはつながらない。これからの安全施策は安全向上に創意工夫を行い,それに成功した者が成果を享受できるような誘導型施策を意識的に考えるべきであろう。
身近な例として保険制度を考える。船の保険制度はもっとも長い伝統をもつものであり,よく整備された仕組みを持っている。保険料率は船主毎に変わり,事故率の低い船主には安い料率が適用される。これは安全性向上の上でも保険会社経営上も合理的で優れた方法であるが,自動車損害保険の世界でもすでに初心者と優良ドライバーとでは2.5倍もの差別料率が適用されるほど一般化していて,決して船独自の工夫とはいえなくなっている。時代も変わってきていることを思えばこれまでの仕組みの見直しも必要ではないか。1990年前後事故が多発した頃保険業界の船級協会に対する不信が高まり,独自の検査体制の導入も検討されたようである。例えば保険料率の算定に船級の要素を加味する,船級協会は船齢あるいは保守状況を考慮した多段階の船級を用意して厳正な評価を行うなど,安全に対する認識を高める効果をもたらす方向があるのではないかと考える。