新造時の溶接残留応力は別として,船体強度は一般に時間と共に劣化する性質を持つであろう。劣化の進み方は当然保守にどの程度手をかけたかにより大きく変わる。十分に手をかけた船の劣化が遅いのに対し,手を抜いた場合劣化の進行は極めて早くなる。このような寿命評価を厳密に行うことは極めて難しい。しかし求められているのは必ずしも「厳密で正しい」評価ではなく合理的判断の基準である。余寿命判断において船齢はひとつの判断基準であり,それだけでは乱暴すぎるのであれば保守水準の3段階程度のランク付けであっても構わない。理論は検査結果に対する判断の根拠を合理的に与えるためのサポートである。
さらに問題を複雑にしている要素が操船法である。相当劣化の進んだ船でも注意して使えば損傷を受けないこともあり得る一方,新造船でも無理な使い方をすればたちまち損傷にいたる。積荷状態,波浪状況に応じオンラインで的確に操船方法を指定する技術は現在十分とは言えない。製品に対し製造者が責任を取るとすれば使用条件を明示しなければならないことは当然であり,従来に比べ相当踏み込んだコミットが要求される。
船体強度は保全状況,検査の実施状況,操船法により影響を受けるが,これら三者の水準が互いにもたれ合う状況にある場合,弱い所が重なり合って事故にいたることになる。サブスタンダード船という言葉が使われているということは,常識的なレベルが暗黙のうちには存在しているということ,その常識が必ずしも守られずもたれ合いの状態になっているということを示している。船体強度確保の三要素がそれぞれの持ち場において責任ある役割分担を行う必要がある。
(3) 機関の信頼性
機関の信頼性は一般には相当向上しているとみられている。しかし,いわゆるMO船においてすら実際には大変な経験と手間をかけてやっと動いているというのが現実である。約10名程の機関士と部員が半日かけて数千項目におよぶMOチェックという点検表にしたがった診断を行い,午後はその結果に基づいて必要な保守修理作業を行っている。夜間は自動アラームに切替え機関士が交代でアラーム時の対処を行っている。
このように多大の手間をかけながらも,優良船社の場合においてもMTBF(平均故障時間間隔)はわずか80時間程度にとどまっており,夜間のアラームも同じく平均80時間程度の間隔で発報されるということである。機関のMTBFが80時間程度にすぎないということはきわめて深刻な状況である。短時間にしても機関停止が起こりうるということは,その間船の操縦機能が失われるということであり安全上見過ごすことは出来ない。たとえば,数人で昼の時間手入れをしていればMTBFが1,000時間のオーダーになるような目標を持った研究開発が必要である。
機関故障が起こり易い最大の原因は燃料品質の悪さにあることは誰しも認める所である。低質油の安価さとそれによってもたらされる船内作業の増大,何にもまして信頼性の低さからくる安全レベルの低下,これらのトレードオフについて真剣に考え直す必要があろう。
(4) 航法システムの自動化
航法システムの自動化はエンジニアにとって魅力のある開発課題であり,「高信頼度知能化船」プロジェクトをはじめとして多くの成果が生まれている。しかし,実際にはきわめて少数の例しか実用化されていない。その原因には,制御が複雑になるに従いその制御が信頼できるということの証明が困難になるという本質的な問題とともに,果たしてそれが役に立つのかという利用上の問題がある。多くの制御システムは航行援助システムとして位置づけられ,あくまで人間の作業を援助するものである。逆に言えば,システムが実行できないような作業は人間に頼る事を前提にしている。
システムを導入すれば便利になるということは理解できても,最終判断は人に頼るとすれば定員を減らすことはできないし,その業務をより低い資格の船員に任せることも出来ない。人を配乗し,しかも作業量が過大にならないならばその人にやらせればよいではないかという冷厳な経営判断に応えられない。この意味で多くの自動化システムの開発がエンジニアのひとりよがりになっており,ユーザの望む方向を見ていないともいえる。求められるのは機能は低くとも,ある範囲の業務を支援ではなく責任をもって分担しうる装置