〔参考〕
○膨脹用ガスの性質
(1) 炭酸ガス
膨脹式救命いかだを膨脹させるのに通常高圧液化炭酸ガスが用いられるが、これは通常の濃度では、毒性、引火性が無く、無色無臭の安定したガスで、臨界圧力(液化する圧力)が比較的低く(75.0kg/前)、臨界温度(液化する温度)が割合高い(31.1℃)ので液化処理が容易であり、かつ、圧縮比が大(1/500)である等の点が、いかだの急速膨脹に適するからである。
ガスの比重は空気に対して1.529であるから空気中では下に溜る。普通大気中の含有量は約0.03%であるが、3〜4%に増加すると呼吸中枢が犯され、20〜25%になると数時間で窒息する惧れがあるから、ボンベの漏洩には注意を要する。液化炭酸ガスは比重1.107(-37℃にて)比熱0.382(20℃にて)で、鉄製容器の比熱を考慮に入れても水より温まり易いので、ガスを充填した容器を温水試験する場合注意を要する。
常温の高圧容器中では炭酸ガスは液化部分とガス部分とが混在し、ガスの蒸気圧で液面に圧力を与えているから、封板を切れば液状のまま、容器内のサイホン管および弁を通過し、不還弁口に至って急速膨脹し、ガスとなって噴射する。この時の気化熱で付近の温度は低下し、ガスの一部は固化してドライアイス粉となるが、これが-78.5℃(昇華温度)の低温で直接いかだの気重布に衝突すると布が損傷するので、気室内に拡散布を設けておき、噴射ガスをいったんそれにあてて勢力を緩和させている。
気室布の被覆ゴムはネオプレン系合成ゴムで、約-10℃から結晶化する性質があり、ドライアイス付着して低温になると脆化が著しく、亀裂が発生し、常温に戻っても亀裂はそのままであるので漏洩の原因となる。炭酸ガスを使用しての膨脹訓練を繰返して行うといかだの気密性が急速に低下するのはこのためである。天然ゴムは耐寒性はよいのでドライアイスによる性能低下は少い。
炭酸ガスが水に溶け易いことは清涼飲料水でもわかるが、15.0℃でほぼ同体積、0℃で1.7倍の体積のガスが水に溶解する。従っていかだの表面に水分があると気重布を透過した炭酸ガスは直ちに水に溶け、気室の漏洩を助成し、この傾向は寒い時ほど著しい。いかだ気室の漏洩試験は炭酸ガスで行なわず空気を用いるのは、湿度等の影響の少ない空気による方が精度が高いからである。従って急速に膨脹させるために炭酸ガスを用いている実際のいかだでは、漂流中の漏洩は避けられないのでふいご等で空気を補充してやる必要がある。
ガスに高圧を加えて圧縮し容器に充填する場合、容器容積を圧縮ガス容積で割った値を充填比と云う。従って充填比の数字が大きいほど内容ガス量は少なく、温度が上昇して内圧が上った場合の封板破壊の危険に対する余裕があるわけである。通産省の高圧ガス容器保安規則では炭酸ガスの場合の充填比は1.34でよいとしているが、船は熱帯地方を航海し、船艙内が相当高温になるので、運輸省としては船に搭載する炭酸ガス容器の充填比を1.5以上とするよう船舶検査官心得で規定している。
いかだ内に噴射されると液化炭酸ガスは約500倍の気体となっていかだを成形するが、圧力ー定ならば気温の変化1℃に対し1/273の容積変化を生ずる。一方、温度が一定であっても、容積×絶対圧力=一定と云うボイルの法則に従って、大気圧が上昇すればいかだは凹む。