第二次世界大戦後に始まったアジアでの近代潅漑設備の整備により潅漑面積は急速に拡大し、現在では水田面積の約50%に達したと推定されている。水田稲作の安定性と生産性の向上には十分な潅漑水の確保が絶対条件である。特に1966年以降、IRRIにより創出された高収量米の普及による「緑の革命」はアジアの水稲収量の急激な飛躍を実現させ、潅漑水の重要性はさらに大きくなった。従来の在来種は感光性を持つため栽培にはモンスーンによりもたらされる雨期の降雨を利用した時期だけに限られていた。しかし、高収量米は非感光性と短期種であるため、栽培時期を限定されないが、多収をもたらす集約栽培には潅漑水は必須条件である。この結果、潅漑設備の整備は高収量米の普及だけでなく、在来種の作付け時期と収量の安定化と二毛作を可能とする農業体系をもたらした。上述のように東南アジアの気候条件下では近代潅漑設備の整備は農業生産の安定化をもたらしたと考えられるが、これら潅漑整備は幹線水路に限られ、末端では依然として伝統的な潅漑様式が行われている場所も多く、水管理を如何に行うかが重要な課題である。現状でのアジアの潅漑水田は水利構造から4種類に分類される。a)中間山地に多く見られる量水や分水施設を全く持たない最も単純な構造のもので“Simple irrigation system”といわれるもの、b)頭首工にのみ制水や分水施設を持つ“Semi-technical irrigation system”、c)水路レベルまで量水、分水および取水のための必要な設備を全て備えている“Technical irrigation system”さらに、d)圃場レベルまで量水、分水、制水を完全に行うことのでき“Advanced technical irrigation system”に区分される4)。東南アジアではa)、b)の潅漑システムが一般的であり、タイ、マレーシアの一部にc)のシステムが見られるものの、全てを完全にコントロールするd)のシステムは日本に見られるだけである。特にd)のシステムは多額な設備投資と維持管理経費を必要とすることから今後の東南アジアにおける潅漑システムはb)、c)が主流になると考えられる。また、安定した潅漑水の確保には河川から得られる水資源が最も重要であるが、現在の東南アジアの経済発展にともない潅漑水として用いられる水資源の状況も大きく変容した。東南アジアにおける近代化は単位面積当たりの収益を重視する「経済の物差し」による経済発展をもたらした結果、「経済の物差し」と尺度の異なる農業生産に大きな影響を与えつつある。ここでは熱帯雨林気候に区分されるインドネシア共