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ともなく11日間の期間にわたって連携作業が成し遂げられたからである。

第二の優先任務は環境上敏感な区域を特定し保護することであった。漁業従事者を含め作業に参加した者全員が貴重な資源の優先リストを作成した。リストの最優先事項目に鮭の孵化場が挙げられた。初期のオイルフェンスの展張は、それらの孵化場と重要な鮭の通行水路を主な対象として行い、それらの区域への油の侵入を防いだ。この措置をとったことで、油流出直後から数年間の鮭の漁獲量が記録的な数字に達したと見られている。これはもう一つの有益な成果であった。

第三の優先任務は海中から油を除去することであった。この任務に関連して、次の節で述べるような幾つかの失望すべきことがあった。全体として、機械的回収装置により回収できたのは、油含有率約25%のエマルジョン約60,000バレル(9,400t)に過ぎなかった。

第四の優先任務は海岸線からの油の除去であった。

 

第1日から第3日目までの海上での対応

油流出対応の専門家達は、生態系に対して明らかに大きい影響を与えた流出事故には必ず沿岸海域や潮間帯への油の蓄積が伴う、ということで意見が一致している[10]。対応の成功は、できれば油を海中から除去することにより、又はそれが不可能であれば破壊的な影響がより少ない深海に油を分散させることにより、油が影響を受けやすい区域に到達するのを防ぐか到達量を最小限にとどめることである。

油流出対応の期間中最も重要なのは油がまだ海面上にある流出初期である。その初期には油は最も集中しており、又、最も厚い状態にある。機械を使うものであれ、分散を促すものであれ、燃焼によるものであれ、全ての対応法は、流出事故が発生した直後に適用されれば、最大限の効果効率をもたらす。バルディーズ号の事故の場合には、多くの要因がその地域の緊急防災計画による対応方式の使用を妨げた。まず第一に、機械装置については、装置の保管と運搬に使われるはしけが修理中で、最初の数日問は、大半が使用できなかった。第二に、バルディーズ号の事故のような大規模な油流出事故の場合には、分散処理剤の空中散布の適用が実際的で望ましい。事実、アラスカは、1989年内に国が分散処理剤使用事前許可区域を持つ州として定めた幾つかの州の一つであった。しかし、この事前許可は使用に先立ってFOSCからの毎回の承認を必要とした。不運にも、現地の沿岸警備隊指揮官が州政府機関と漁業従事者等民間の利害グループに対して、分散処理剤がこの状況下で有効に機能することを立証する有効性試験の実施を決定したため、分散処理剤を使う好機を逃してしまった。バルディーズ号の流出油に対して分散処理剤が実際に有効であることを全関係者に納得させるのに2日間を要した。そしてその問に激しい暴風雨が発生し、油をかき回してムース状のエマルジョンに変え、プリンス・ウィリアム湾の広い範囲に拡散させた。試験が要求されたことによる遅れのため、唯一実際に使用できたはずの主要な対応手段を、油流出事故の最も重要な時期に使用することが許されなかった。絶好の機会が失われた結果、プリンス・ウィリアム湾とアラスカ湾の海岸線が広い範囲にわたって油汚染された。

皮肉にも、それとほぼ同じ時期に、分散処理剤を審査するために設置された米国国家調査委員会(U.S.National Research Council)が、数年間の研究の成果として、最終報告書を刊行した。同委員会は、適当な条件があれば分散処理剤を使うことによって環境にとって純益がもたらされると結論し、他の対応手段と平行して分散処理剤を油流出事故の際の第一の強力な対応法として考慮するよう勧告した。この報告書がもっと早い時期に刊行されていれば、沿岸警備隊は分散処理剤の即時使用を承認することを躊躇しなかったものと思われる。バルディーズ号油流出事故に対する分散処理剤の使用承認が躊躇されたことについて、NRCの油流出分散処理剤の有効性に関する委員会委員長James Butler博士は次のように述べた:分散処理剤を即時使用し

 

 

 

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