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3 国鉄の経営の悪化

 

(1)国鉄は、1963年までは順調な黒字経営を続けたが、1964年にはじめて赤字となり、以降毎年赤字が続いた。このため、数回にわたり経営改善のための長期計画が作成され、経営改善のための努力が行われたが、いずれも期待されたような効果を上げることができず、1980年頃にはいわゆる「破産状態」にあるとみなされるようになった。

 

(2)1981年に政府は「臨時行政調査会」を設けて、国の財政支出の削減、政府機関の効率化について広範な検討を開始したが、中でも国鉄の経営改革は大きなテーマであった。1982年7月に臨時行政調査会は、国鉄について、従来の組織や運営方法の延長線上では国鉄の改革は不可能であるという認識の下に、公社制をやめて「国鉄を民営会社化するとともにいくつかの地域会社に分割する」という結論を発表した。さらに、この結論を基礎に、政府は、あるべき国鉄の経営形態を示すため「国鉄再建監理委員会」を設けることとし、1983年6月に発足させた。

この委員会は、約2年間にわたり、きわめて熱心に詳細な検討を続け、1985年7月に「国鉄の改革に関する意見―鉄道の未来を拓くために―」をとりまとめ、内閣総理大臣に答申した。

 

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(3)国鉄の経営悪化の主な原因について、この答申は次のように指摘している。

?1960年頃から自動車や航空との競争が激化し、旅客・貨物とも鉄道の優位性が失われたにもかかわらず、これに対応した経営の効率化、生産性の向上が立ち遅れたこと。

?40万人余の職員を抱える巨大組織による全国一本の経営形態であるため、画一的な業務運営が行われ、状況の変化に弾力的に対処できなかったこと。

?収益とそれに対応する費用に関する意識が薄く、赤字に対する感覚がマヒしていること(赤字とわかっていても、費用も減らすとか、収入の増加を図る等の工夫がなされないこと)。

?国の強い監督規制を受ける「公社」形態であるため、運賃の改訂や設備投資についての経営者の自由度が少ないことから、経営者の自主的判断の余地が少なく、従って経営責任も不明確になること。

?労使関係が悪化していて経営改善のための対策がとれないこと。特に経営者側 労働者側ともに「経営が悪化しても国が何とかしてくれるだろう」という意識(「親方日の丸」意識)が強く、経営改善に熱心でないこと。

 

 

 

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