ることになりました。その整備に努力を上げた結果はどのようになったかと言いますと、図-5のグラフを見て下さい。この時期に開通した東北新幹線という東京から北のほうに行く新幹線、あるいは新潟に行く新幹線、同時に、この沿線に高速道路もできたこともあり、日本が今世界に誇っているエレクトロニクス工業は、この交通インフラの整備に引きずられて、大きく立地する形になりました。つまり、日本列島は、非常に大胆に絵をかきますと、東京を中心にして、鉄鋼、造船という基礎的な重厚長大の工業が、九州まで東西に展開しているのに対して、エレクトロニクス―ロボットとか、あるいはコンピューターとか、ビデオとか、こういう軽小短薄の工業は、新しい交通インフラに引きずられて、東京の北のほうに立地しています。この説明でおわかりいただけたと思いますが、交通インフラの整備は、常にその時代の先端を行くものを積極的に取り入れていく。しかも、これと産業とをリンクさせていかなければならないということです。
近代日本の100年間、日本は、交通インフラをどのように整備してきたかを図一6で説明します。19世紀並びに20世紀初頭までは、鉄道の整備-ナショナルレールウエーの整備に集中的に投資をしてきました。世界の鉄道時代に遅れないためです。それが、1960年代以降になると、道路が急速に伸びてきます。鉄道は非常に縮小される形になってきます。これは、日本の交通市場が大きく変わったことへの対応です。現在、日本の交通市場は、図-7を見るとわかりますが、大都市地域は、依然として鉄道のシェアが50%以上を占めているのに対して、地方は、圧倒的に自動車に依存するという市場をつくり上げています。人口がたくさん集中し大量の人が動く大都市では、自動車では対応できないことはバンコクの事例でわかると思います。しかし、輸送密度の薄い地方では、鉄道は競争力を持っていません。この辺を考えて交通の計画を立て、インフラ投資をしていかなければなりま。鉄道は、後ほど井山さんからさらに詳しいご報告があると思います。
そこで、さらに図-8を見るとわかるように、日本では日常生活の中で、短距離は自動車を使い、中距離は鉄道を使い、長距離は飛行機を使う、こういう市場をつくっています。こうした市場ができ上がった源泉は競争です。政策立案に当たって、この競争がもたらした成果を謙虚に受けつつ、日本は今まで交通インフラ整備を進めてきたと考えています。
最後に皆さんにもう一つだけ述べたかったことがあります。これは、先ほど言いました交通経済上のメリットを使って輸送費で国際競争に勝ったこと。これは、臨海工業地帯の造成をしたことです。これのノウハウを、もし後ほど時間がいただけたら、モデルの絵をかいて説明しますが、私の割り当てられた時間が終わりましたので、これでレクチャーを終えます。