日本財団 図書館


作業所の一室を借り生活させてみたりした。横浜市の自閉症の人達のグループホームを見学したり、学習会を持ったりしながら、バックアップしてくれる親の会「あおぞら共生会」(設立10年目)と共に準備会を設立する。行政にも積極的に働きかけ、最近開設にこぎつけた。娘は現在、生活リズムも安定し、楽しく暮らしている。どんなに障害が重くても親が大勢の人を動かせば地域で生活できる。

 

参加者(98名余)からいろいろな質問が出ましたが、「土日曜、祭日をどう過ごしているのか」に最も関心が寄せられました。

グループホームが土日曜、祭日にもウィークデイのような援助体制をつくるためには、これを世話人の休日との関わりで考えなければなりません。行事があって休日に全員で外出するときは世話人も同行しますので、その代替として週1〜2回夜、代替世話人を雇用して休んでいるのが現状です。

通常、土日曜、祭日、メンバーは自分の予定にあわせて自由に過ごしています。青年学級や趣味の教室へ行ったり、ブラリ外出して買物、喫茶店などで過ごしているようです。問題は食事ですが、外出してなじみの飲食店へ行ったり(これが楽しみ)、ホームで簡単な食事(インスタントラーメンなど)をつくったり、弁当や寿司を買ってきたりして済ませています。代金は負担金の中からあらかじめ渡したり、自分のお小遣いでというホームもあります。したがって重度の障害があり、1人で外出できない人は土日曜に家族のもとへ帰るホームが多く、どうしても帰れない場合は他のメンバーとー緒に出掛けたり、お弁当を買ってきてもらったり、あるいは前日に世話人が食事を用意することもあります。

このように土日曜、祭日は援助が手薄なので、時には夜半までの外出、キャバレー通い、高価な買物をしてしまうなど、世話人を慌てさせることもあります。しかしほとんどの人は休日という自覚があるため、明日からの仕事に備え、夕食時間までには帰ってくるようです。そして平日と同じように、各自が火の元、戸締まりなど点検しています。世話人にも家族があり休みをとるのは当然と納得しているようです。とはいつても世話人の自宅には電話がよくかかってきますが……。

 

3. 世話人の喜びと悩み

―私の体験から―

 

正月休みも終わり、メンバー4名のすっきりした顔、今年も元気で仲良くやっていこう、よろしくとまずはなごやかなスタートでした。ところが、職場も始まって2日目の夜、私達のホームは大パニックに襲われました。夜8時20分頃、居間で皆とテレビをみて大笑いしていたMさん(51歳)が突然けいれん発作を起こしたのです。突然も突然、12年間のホーム生活で一度もなかったことで、一瞬なにがどうしたのか、私の頭の中はマッシロ。目が宙に浮き、顔面蒼白で歯を食いしばり、手足を硬直させて仰向けに倒れたMさんを抱き起こし、ほっぺたをたたきながら、ただ大声で名前を呼ぶばかり。救急車を呼ぶ前に「呼吸を止めないようにしなければ」という考えが頭をよぎり、下唇を下げて、入れ歯を取り出しました。すると「フウー」と息をしたのです。この間1分くらいだったでしようか。Kさんに抱きかかえるのを代わってもらい、すぐ119番へ電話。声もうわずり、手のふるえも止まらない始末です。

私もメンバーも皆、泣き声で「Mさん、Mさん」と呼び続けると「ハイ」という返事、やがて目がしっかりしてきました。私はすぐMさんのスカートをズボンに変え、健康保険証、下着、財布を用意し、「今夜は帰れないから、皆でお願いね。」と救急車に乗り込みました。検査の間、Mさん宅(弟が保護者)に電話を入れ事情を話しました。

2時間待った検査の結果、医師の説明では「原因不明の突発性けいれん」で、各種検査値も全てどこも異常なしとのことでした。風邪もひいていないというのです。なぜこんな大きな発作が? 点滴を受け、頬にも赤味がさしたいつもと同じ穏やかな表情のMさんとタクシーでホームへ帰りましたが、なぜ、なぜ、と疑問は増すばかり。

 

 

 

前ページ   目次へ   次ページ

 






日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION