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迅速かつ安全に積み荷を運搬するのが船長の腕のみせどころである。ながいあいだにわたる経験が船長にはある。乗組員は船長を信頼して一致団結、目的地まで労苦をいとわない。船乗りというのはそういうものだ。いや、ついこのあいだまで民間企業の経営者というのはそういう自覚をもっていたし、自信ももっていた。それでこそ一人前の船長であり、経営者であったのだ。しかし、現代日本ではそういう人物がすくなくなった。

なぜか。それは「護送船団」に慣れてしまっているからである。ここでは船長は名目的な役職名にすぎず、指令はことごとく援護艦隊司令官からくる。その命令にしたがっていれば、まず安心。もはや船長も船員も船乗りの誇りを捨ててしまっているかのようなのだ。じっさい、かつての「護送船団」では船長にはいっさい指揮権はなく、艦隊司令が輸送船を指揮した。その命令に船長は違反することはできなかった。いったんこの方式に慣れてしまうと、船長としてはこれほど楽なことはない。船長としての責任はあるがごとくであって、じつはアイマイである。なにか事故が発生しても、それは艦隊司令官の責任。船長はいわれるとおりに「大過なく」その席にすわっていればよろしい。

現代の経営者たちを、このような船長にたとえるのは失礼というものであろう。わたしじしん、たくさんのすぐれた手腕と哲学をおもちの経営者たちを存じあげているからだ。しかし、日本ぜんたいを見わたしてみると、そういうかたは少数派になっている、というのがわたしの実感だ。そのいい例が「横並び」主義というやつだ。昨今問題になった銀行、金融機関の大蔵省接待にしても、すべて「横並び」ではないか。宴席での接待方式もおなじ、金額もおなじ、そのうえなんとかしゃぶしゃぶとやらいう国辱ものの接待もすべての金融機関が完全「横並び」で実行していた。ひとつくらいユニークな接待をした銀行があれば、それなりにその個性を評価してさしあげたいが、これではまったく無個性。呆れはててものもいえない。収賄以外の領域でも、企業はなんと無個性なことか。その例をつぎに紹介しよう。

わたしの友人たちのなかには海外の学術調査などのために民間企業に寄付金を募集にでかける人物がすくなくない。やや末梢的になるが、大学の研究者への寄付は「奨学寄付金」という扱いになるから、企業としては損金算入ができる。利益があがっている会社だったら、多少は融通していただける性質の費目であり、金額である。ところが、こうして募金依頼にゆくとかならず金額をきかれるうえに「他社ではどうしていますか?」という質問がとんでくるそうだ。正直なところ、わたしにもそんな経験がないわけではない。お金をいただくのだから、こんなことはいいたくないが、「他社」がどうしてこんなに問題になるのだろうか。もしも趣旨に賛同して学問をすこしでも助けてやろう、というお気持ちがあるのなら、自主的に考慮し、みずからの判断で決定なさったらいいのに、とわたしなどはかんがえる。

おもうに、同業他社と「同額」にしてオツキアイをしましよう、という他律的な原理がそこでは作用しているらしいのである。ほんとうは特定の一社が、よしわかった、というひとことで全面的に援助というのが、さわやかでおたがい気持ちがよい。むかしはそういうことがすくなくなかった。しかし、いまではしかるべき経済団体などを経由して「奉加帳」がまわり、すべて「横並び」。そして、なによりもさびしいのは研究者たちの研究じたいにたいする理解があっての寄付ではなく、「義理」でのやむをえない出費、といった意識しかもっておられないのではないかとさえおもう。おたがい、さびしいことだ。

 

たまたま、いまわたしは学術の世界への企業からの寄付というフィランソロピーの一例をあげたが、「官」の世界とのかかわりが、もっぱらお先まかせの主体性なき性質のものであった以上、おなじような「横並び方式」ができあがってしまうのも無理はない。なにしろ「護送船団」の甲板のうえで過去半世紀以上、もっぱら昼寝をきめこんできたのだから、自主的な判断能力もなくなってしまったのだろう。なんとも情けないことだ。

フィランソロピーが企業社会のなかで注目をあつめてきたのはうれしいことだが、ここでも「横並び」ないしは「世間相場」で「民」はうごいている。企業の社会貢献、利益の社会還元というのは結構なことだけれども、 一社が財団をつくると他社も財団をつくる。しかし、その設立にあたっての理念がない。もちろん趣意書を読めば立派なことが書かれているけれども、あちこちで財団ができたからわが社でも財団をもったほうがいい、といったていどの認識でつくられた財団がなんとおおいことか。しかも、財団をつくった以上、専門のプログラム・オフィサー

 

 

 

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