10) 中国 洋浦経済開発区概要・優遇政策
海南洋浦開発区の沿革
(1) 中国の開放政策
1978年8月日中平和友好条約が調印される。
その年の12月三中全会で対外放政策正決定
1979.7. 四つの輸出特区(深、珠海、門、頭)を決定
1980.5. 輸出特区を経済特区と改称
1984.4. 沿岸14都市を経済開放区に指定
1985.1. 長江、珠江、華南デル夕の三ヵ所を新たに沿岸経済開放区に指定
上記のような開放政策のなかで、海南島は1988年4月に広東省より独立昇格し海南省となり、第五番目の経済特区に指定される。
(2) 海南洋浦土地開発有限公司の設立
ベトナムに面した自然の良港、洋浦周辺を「特区の中の特区」として開発する計画は、1980で年代末より進められてきた。
その後、幾度も話し合いが行われ、ようやく1992年8月、海南省政府と熊谷組(香港)有限公司との間で、港周辺の土地30平方キロを70年間貸与する事決定し、中国国務院からも承認された。
その翌月には、当計画を進める事業母体となる「海南洋浦土地開発有限公司」が正式に設立された。
これにより、開発区のインフラストラクチャーは全て、開発公司の手により成される事、又、将来の投資者の工場建設をはじめとする許認可も全て開発公司のもとで行われることが決定した。
この点は、他の開発区と大きく異なる点で、申請、許認可にかかる手間、時間を省くことになる。
海南洋浦土地開発有限公司の構成
熊谷組(香港)有限公司 長江実業(集団)有限公司
栄高貿易有限公司 交通銀行海南分行
中国工商銀行海南省信託投資公司 大中華集団有限公司
中国銀行海回信託諮公司
香港の経済誌は「熊谷組結合中港台財団」との見出しを付け報道したように、中国、香港、台湾の資本での開発を評価した。
(3) 開発の概要
洋浦開発は、30k?uの土地での、経済金融面で香港にも引けを取らない人口40万人の近代工業都市の建設を究極の目的としている。即ち、経済の発展に欠かせないシンプルで透明性の高いビジネス環境を有するものでなければならない。(一般に、新しい都市が自給自足するには、10万〜30万人の人口を要する。)そこで、地勢、気象を考え、住宅、商業、軽工業、重工業、倉庫の五種類の用途に分けられている。
当地は、東風が年間を通して優勢であるため、開発区の東部に住宅地を配し、西側に重工業、化学工業を配する。中心部は商業区を形成、軽工業をその周辺に置く、そして南方の港湾近くを倉庫地区とし、発電所は、開発区より離れた半島の南西部に設けられた。
住民が、洋浦開発区という一つの衛生都市の中で生活を楽しめるよう、住居、教育、ショッピング、娯楽の全ての施設を利用できる様、配慮されている。