NSAIDsは胃粘膜障害を来す薬剤で最も頻度が高い15)ものであり,高齢者ではNSAIDsによる薬剤性消化性潰瘍が大きな問題となってくる。また高齢者ではNSAIDsを長時間やむを得ず使用しなければならない症例も多い。このような場合,消化性潰瘍の原因であるNSAIDsとH.pyloriの二つの因子を持っている症例ではNSAIDsの服用中止が困難な場合H.pyloriの除菌により消化性潰瘍のRISKを一つでも減らし,消化性潰瘍の治療及び予防をすることが必要となるかもしれない。特に今回の検討では高齢者においてはH,pyloriの除菌効果が良いことが判明しておりNSAIDs潰瘍を含め高齢者のH.pylori陽性潰瘍は除菌の良い適応となると思われた。また高齢者の割合の多い僻地医療では,さらに除菌効果が期待でき,今後は健康保険さえ適応されれば僻地においても除菌治療が一般的になるであろう。
消化性潰瘍,特に十二指腸潰瘍においてはH.pylori除菌により,有意にその再発率が抑制されるという事実は数多く報告されている2)。十二指腸潰瘍ほどではないが胃潰瘍においても除菌により,有意にその再発率が抑制されるという報告も最近いくつかみられる16)。しかし十二指腸潰瘍では有意差があるが,胃潰瘍では有意差が無いという報告17)もあり,胃潰瘍においては発症に関与する因子がH.pylori意外にもNSAIDsやアルコール,胆汁など数多く存在し,十二指腸潰瘍のように単純ではないと考えられる。特に日本では胃潰瘍患者が多く,この点で問題は多い。我々の検討では胃潰瘍を含めて消化性潰瘍においてH.pylori除菌により,有意に再発率が抑制された。このことは十二指腸潰瘍とは異なり多因子の発症因子が関与する胃潰瘍においても,H.pyloriが一番のDominant Factorとして関与していることが推測される。しかし再発抑制の具体的な機序は未だに明らかにされていない。十二指腸潰瘍の発生機序のモデルとして代表的なものにGoodwinのleaking roof concept18)がある。これはH.pyloriに感染した十二指腸粘膜は泥弱であり,制酸によりー時的な治癒は得られるが,粘膜の炎症を修復しない限り,完全な治癒は得られないという説である。H.pyloH除菌により潰瘍発症の基盤となる組織学的胃炎が改善されることは我々もすでに報告しており4),それにより潰瘍発症が抑制されると推測される。H.pyloriの除菌が消化性潰瘍患者を潰瘍症から離脱させ,消化性潰瘍の自然史を変え得るということが明らかになり,胃潰瘍においても再発が抑制されることが証明された。さらに背景の組織学的胃炎を改善することも明らかになった。今後さらにH.pyloriの除菌により胃癌発生が抑制されるかどうかが重要な問題となってくるであろう。
VI 結語
消化性潰瘍患者を対象にH.pylori除菌療法を行い,治療効果と背景因子との関係及び消化性潰瘍の再発率について検討した。生体側の要因として年齢が重要で高齢者において除菌率が有意に高く,H.pylori除菌例において消化性潰瘍再発率が有意に抑制された。
VII 謝辞
稿を終えるにあたり,ご指導,ご協力を賜りました和歌山県立医科大学微生物学教室助教授田中智之先生ならびに紀南綜合病院中央検査部の各位に深甚の謝意を表します。
尚,本論文の一部は10th Asian‐Pacific Congress of Gastroenterology(Yokohama),International Workshop on Helicoabacter pylori(HongKong),第83回日本消化器病学会総会(名古屋),第82回日本消化器病学会総会(神戸),第37回日本消化器病学会大会(名古屋),第54回日本消化器内視鏡学会総会(東京)において報告し,消化器科(1996;23:681-684),Helicobacter(1996;1:276),和歌山医学(1996:48:229-233)に掲載された。
参考文献
1) Warren JR,Marshall BJ:Unidentified curved bacilli on gastric epithelium in active gastritis. Lancet l:1273,1983.
2) Marshall BJ,Goodwin CS,Warren JR,etal:Prospective double blind trial of duodenal ulcer relapse after eradication of Campylobacter pylori. Lancet 2 : 1437-1422,1988.
3) 中田博也,雑賀明宏,笠松達司,他:山間僻地診療所及び後方病院における消化性潰場治療-特にHelicobacter pylori除菌を考慮して。へき地医療の体験に基づく学術論文集No.4:12-16,1996.