2.2 都市の概要
2.2.1 歴史的背景
バンガロール市の起源は、1537年にまで遡るが、現在のバンガロール市を形成する東の部分は英国の植民・軍事都市として19世紀初頭から発展したものである。したがって市の東側は、軍事基地を維持するための行政機関や英国植民者の居住施設を中心に発展してきた。その後、英国の植民支配が終わるまでバンガロール市は、それぞれ性格の異なる2つの都市が、一体となって現在の都市の骨格を形成してきたといえよう。一例を挙げれば、現在の市内の重要な緑地緩衝帯となっているクバン公園やゴルフコースも本来は2つの都市の中間に設けられたレクリエーション施設であった。
バンガロール市庁は、1862に設立されたが、当初は市と軍事基地(Cantonment)は、それぞれ独立の議会を持っており、両者が合併したのは、1949年のことである。バンガロール市は、さらに1956年のインド各州の再編により、近隣各州からの地域編入で従来の2倍近くに拡大したマイソール州の首都としてその成長に拍車をかけることとなった。
バンガロール市の市域は、1901年から1991年の90年間に、75・から200・へと約2.7倍に拡大した。また同じ期間に人口は、23万人から408万人と17.7倍の急速な増加を見ている。産業面では、1941年から1951年の10年間に多数の企業が立地しており、人口もこの期間に51万人から99万人と人口増加率94%の異常な増加を見せている。バンガロール市は、市域の拡大を妨げる自然の地形的障害もなく、低密度の低層住宅地域の開発が可能であったため、市周辺地域のスプロールが、人口の増加と共に現在も際限なく続く結果となっている。
2.2.2 大都市圏の現況
バンガロール大都市圏は、現在市の中心部から約50km圏に広がっており、面積約8,721・を占めている。大都市圏の総人口は、1991年の国勢調査で670万人を数えており、人口密度は、1・当り763人と、カルナタカ州の平均人口密度234人と比べるとかなりの高密度地域となっている。大都市圏の都市人口と農村人口の比率は、それぞれ31.5%と68.5%で、まだ農村人口が都市人口を上回っている。都市人口の大部分は、バンガロール都市圏に集中している。
バンガロール市と大都市圏の各行政区域(Taluk)の中心集落およびその他の地域中心都市は、8本の主要幹線道路により結ばれており、電子、機械などの高度な製造業は、バンガロール都市圏内か、あるいはこれらの幹線道路沿いに立地している。
チャンナパトナ、ラマナガラム、ドッダバラプーラ、カナカプーラ、ネラマンガラ、デバナハリ、アネカル、ビジャヤプーラ、ホスコーテ、マルールなどが現在の大都市圏の主要な中心集落であるが、バンガロール市の急速な発展にともない、上記の幹線道路沿いの小集落が急激な成長を遂げている。
バンガロール都市圏の初期の開発計画ではこれらの小集落の経済活動や産業配置についてはあまり考慮されず、新しい産業の配置や商業、社会活動の中心は、既存の行政区域の中心集落に置くこととされていた。今後は,都市化の進展と地域的なつながりを考慮しながら新都市や衛星都市の開発および既存集落の拡大を計画的に考えていく必要があろう。
改訂された新しい都市開発計画では、バンガロール大都市圏の無秩序な拡大を抑制するために、市中心部から70km圏に次のようないくつかの衛星都市の開発や都市化を育成すべき既存集落が設定されている。(図2.2-1参照)
1.トゥムクール:プーナ〜バンガロール国道およびバンガロール〜ミラジ鉄道沿線
2.ドッダバラプーラ:イェラハンカ〜ヒンドプール州道およびバンガロール〜グンタカル鉄道
沿線
3.コラール:バンガロール〜マドラス国道4号線沿線
4.カナカプーラ:バンガロール〜マラバリ〜マイソール国道沿線
5.ラマナガラム・チャンナパトナ:バンガロール〜マイソール国道およびバンガロール〜マイ
ソール鉄道沿線