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この社会的コンセンサスは、“先ず職業訓練を”というスローガンに要約されよう。換言すれば、いかなる分野のどのような職業訓練であろうと、しないよりましということである。ドイツ人は優秀な若者が、たとえ実習訓練を受けた後ただちに雇用されなかったり、その目途がたたなかったりしても、間違っていたとは考えない。訓練しておけば、習得した技能はほかの職業にもいずれ役に立つので、職業の資格それ自体に価値があると考えているのである。実習訓練は、広範な分野に役立つだけでなく、それを経験した人が(有用な)労働力として編成させることを可能にする。すなわち、時間厳守、規律、職階制度の受容を理解するようになる。そのほか、同僚との仲間意識や共通の言葉、価値観の共有などについて、意義を見い出せる。すなわち職業訓練は重要であり、すべての若者に提供されるべきだというのがドイツのコンセンサスなのである。

この職業教育についての社会的コンセンサスを、雇い主、従業員およびドイツ政府が共有しているのは、最近の出来事が証明している。ドイツ経済の再構築は、結果的に民間および公共セクターの両方で実習訓練の機会の不足という事態を発生した。この不足は、景気後退によって深刻さを増し、実習訓練の数は1992年の500,000件から1994年の450,000件に減少した。後者の数では不十分であるというのが世論となり、H.コール首相は労働、経済、科学、財政の各大臣と、経営者協会や主な労働組合のリーダー達を自分の事務所に招き、次のようなコミュニケを発表した。現下の労働市場の状況、訓練生の能力に合せた職業訓練そして向上訓練は、いずれも魅力ある投資であり、将来のドイツの経済・社会にとって極めて重要であるという点で、参加者全員が賛同した。この合意にもとづき、経営者協会は公共センターの経営者ともども、1996年までには実習訓練を合計600,000件に引き上げるための職務創出を約束したのである。政府はこのプランの実行を後押しするため、必要があれば訓練の助成金を増額することを保証したのである。初期の同様な状況をもとに判断すると、約束された実習訓練の機会の増加はかなりの確率で実現するものと思われる。

学校から職場への移行がアメリカよりドイツで成功しているのは、ドイツの「二重教育制度(デュワルシステム)」があることが主要因であり、またそれによって、ドイツの若者の低い失業率を裏づける説明ができる。しかしこの制度は、特に民間セクターで実習生の雇用機会が十分確保されていることが必須である。実習訓練の数が少なすぎた場合、政府は財政的な刺激策(たとえば雇用契約に報奨金を出したり、財界のリーダー達が首相に随伴して元首訪問を行うのを認めるなどして)を増すこともできるが、あくまで道義に訴えた説得が基本である。政府が企業に実習訓練の増加を促すことができる能力、ないし義務は、訓練に対する社会的コンセンサスの観念に深く根ざすものである。すなわち、訓練はすべての若者に均等に与えられ、民間企業は門戸を広げることが社会的な義務であるという考えにもとづく。ドイツにこのような社会的コンセンサスがなかったら、制度がよく機能に足る十分な実習訓練の機会をつくりえなかったであろう。

 

(片岡 博、齊藤幹雄)

 

 

 

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