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低体温療法の衝撃

脳死は心臓停止の後にしかない

喜多保夫

「低体温療法の衝撃」と題するNHK番組を見ました。この番組はまさに衝撃でした。柳田邦男氏の文芸春秋の記事も読みました。この療法は驚きの連続です。これまでの常識的な蘇生限界点を越えていたり脳死状態に既に入ったのではとも思える人が奇跡的な生き返りを果たしているのです。しかも、後遺障害なしの蘇生・社会復帰を果たしています。テレビ番組では脳死を厳密には定義せず脳死以前の状態からの蘇生として放送していましたが、脳死の定義を「脳機能の不可逆的停止」ではなく「なんらかの基準(竹内基準など)から判定された状態」とすれば、私には脳死の人が後遺障害なしに社会復帰を果たしたとしか思えませんでした。まさに奇跡です。ほとんど消えてしまった脳波が復活したり、CT写真の脳の皺々が一旦消えたのに再び現われたり、心臓(呼吸ではない)が三十分程度停止した人が蘇生したりするのです。心臓が五分以上停止したら脳に血液が行かないため人間は確実に死ぬと言われていたのは一体何だったのでしょう。これまで脳死や臓器移植について考えてきた事が根本的に間違っていたのではと思いました。

低体温療法とは、脳細胞が一時的に機能停止して仮死状態になっても細胞が本当に死ぬまでにはある程度の時間があり、低体温(三十二度程度)にすればその時間を数日間にも延ばすことができるので、その間に適切な治療を行い慎重に体温を上げ元に戻すことのようです。この脳細胞の「仮死」と「本当の死」の考えは、ほぼ、立花隆氏の「脳機能の一時停止」と「脳機能の不可逆的停止」に対応すると思います。脳機能の一時停止と不可逆的停止は別の時刻であるとし、その間の時間を数日間に長くした低体温療法の成果を考慮して、以下のような経過を経て人は死ぬと私は考えました。

経過 ?

  一、呼吸停止

  二、脳機能の一時停止

  三、心臓停止

  四、蘇生限界点

  五、脳機能の不可逆的停止=脳死=ほぼ同時に脳以外の臓器も死ぬ=人の死

この経過 ? は人工呼吸器が開発される以前にも漠然と考えられていたことでしょう。人工呼吸器の世話になる人が増えた現在でも死への経過自体は変わるはずがないと思います。人工呼吸器によって脳死とよばれる新しい状態が現われたと言われるが、脳死の定義を「脳機能の不可逆的停止」とすれば、脳死は人類誕生の時からあったと思います。

 

 

 

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