私と献体
本村 弘
癌予後を五年生存なりし今日 献体決意に妻も同意す
五年前、胃癌にて胃を失くし、ドクターやナースの眞摯なたたかいを身を以て識り、健常者として生還し、その後五年に及ぶ転移に関する対処や検査を受けるうちに、今は何も報恩はできないけれど、死後に於てせめて少しでも、これからの医学に役に立てないかという思いがふくらみ続け、五年生存率の仲間入りの出来た日を、献体記念日にしようと妻に相談、冒頭の一首となりました。
献体に就いては、私も迷いがなかったと言えば嘘になります。献体に関しての誤解も多いようで、何らかの利益があるのだろうとかいう人は案外多く、登録希望に至る眞意とか純粋性は殆ど評価されないようです。
私自身も私の体が、死後といえども、体中をメスで切り刻まれる様子を想像すると決していい気持のするわけもないのですが、それらの思いを打ち消すばかりに、感謝の念を体で表現・実践できることの喜びの方が強かったということです。
私にもし仮りに不純性があるとすれば、医学の発達の一端に役立てた場合、世の中の人々というよりも、子や孫の上に、その恩恵が少しでも及ぶだろうか、という思惟がよぎったりしたことでしょうか。
仮登録を経て、この度一九九七年一月十四日より本会員となり、いろいろなプロセスはありましたが、安心立命感を得られたことは何にもかえ難いものです。
多くの世の中の人々が、献体に関する認識を深められ理解されること、献体の先達者に敬意を以て瞑目合掌するばかりです。
ありがとうございました。
献体の証書とバッジ手帳まで 届きてわれの一段落となす