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ってたかもわかりませんし。市長が途中で代わりまして、かなりの幹部が皆代わってしまったんですが、私は代わらなかったんです。ずーっとここまでいてるんですけども、まだ代わらないようですが。就任時の助役が物凄くお好きで応接間一杯にCDを持ってるぐらいの助役だったんです。この人に「勉強せよ、勉強せよ」言われたんです。「勉強せよ」言うたってそんなもん、何を勉強したらえんかわからないけど、「勉強せよ」っていわれました。まず、演奏会を聴きにいきました。むちゃくちゃ行きました。何でもええから、大阪、神戸に近いですから、演奏会に行ったということです。それから自主事業をやったテープは必ず家でもう1回聴き、車でも聴いたりしました。それからコンクールを初めてやるに当って、これも実際はコンクールを始める2年前から飯塚へ行きました。そのあと兵庫県に国民文化祭が来て、その中でコンクールが入っていたのです。これは絶対よそにとられたらだめだと思って、そのコンクールは絶対ベガでやらなくではと思って必死になって国民文化祭の新人コンクールをやりました。

そして、ノウハウをキチッと揃えといてやったわけですから、地元演奏家連盟のかたは「うわあー、凄い。うまいことできてるなぁ。」とびっくりさせたというのがありました。ある時、審査員に「先生、上手なのはどういうとこがうまいのでしょう、どんな人がうまいんでしょう。」とこっそり聞きましたら「大塚さん、全部聴きなさい。150人の演奏、全部聴きなさい。そしたらわかるでしょう。そういわれて「わかりました。」150人を全部聴きました。自分なりにメモをして審査結果と照らしていきました。これ10回ですから、ピアノでしたら150人のバッハとショパンを10回聴いているわけです。家のレコードでショパンのエチュードをバッハ平均律を全部聴いて課題曲はこういうものだということを事前に学習をしたということもありました。全楽器ですから、ピアノの場合はまだいいんですが管楽器、弦楽器と声楽、これも音楽のアリアとか、アリアでも大変また難しいんです。プログラムを作るときに訳がみんな違うんです。同じでも、日本語訳が違う場合がありますからこれを統一しなければなりません。

それから、市民グループへの仕掛けですが、これは確かに難しいですね。なかなかそういう方がうまくいらっしゃるかとか、誰かが引っ張って行く人がいてるとか、また著名な方について行くとか、色々な事があろうかと思います。

交響楽団を作ったときは、これは指揮者が問題でして、有名な方なり、その地元でよく協力してくれる方をピックアップして、その人に指導して頂くトレーナーを依頼しました。トレーナー料は市なり町で出していかざるを得ないなということで予算化をして頂いて、オーケストラの場合は大型楽器といいますが、共通の楽器だけ揃えばバイオリンだとかチェロとか殆ど個人持ちですから、まあまあそれほど揃える必要はありません。こういう指揮者のもとに集まれ

 

 

 

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