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大塚 はいわかりました。10年の方お聞かせ下さい。

島根県太田市民会館:男 最初は技術職で入ってまして、教育委員会と事業を協力してきたんですけど、6〜7年位前から財団になりましたので、段々僕らの方が力をつけてきたというか、会館の方でやるようになりまして、私は両方兼務してやっております。自主事業と舞台の方と両方兼ねています。

島根県石西県民文化会館 石倉 私も財団のプロパーでして、当初、会計をやっていましたけど10年位前から企画係をやっております。

大塚 はい、ありがとうございました。なぜ、聞かせて頂いたかといいますと、専門職ということ、そしてこれに長期に携わっていく方が欲しいという、中藤さんからのお話もございましたように、この事業をやっていくには、2年3年折角覚えたという時に変わってしまうという、公務員の一つの欠点で、いい点かもわかりませんが、だんだんと第3セクターの財団を作って、プロパー要するに専門職を育成していくというような方向に向いてきているという気がいたします。3人ともやはり財団のプロパーであったと思います。私の様に全く市職員でこういう形で残っているのは珍しいと思います。

先ほども行政の理解ということもありましたし、職員の養成ということもありました。そこで行政の姿勢をどうするかということが問題になってきます。実際は市から会館にまわされて、本庁から出先へまわるわけですから、実は左遷やというような取り方をする職員も中にはおりました。実際はいい仕事であり、またそういう仕事に就きたいなという職員もよく聞きました。やる気の問題というのをどうするかということを、私どもはしょっちゅう言ってるんです。やる気をどう起こさせるかというのが、私達の課題でもありますし、やる気になってほしいという考え方もあります。なにしろこういう仕事ですから、市役所の市民課から変わってきてすぐ「板付き」言われたって解らないし、「かみしも」もわからない。「照明のシーリング」いわれてもわからない。大変難しい仕事でした。それと音楽の専門家と話をしていかないとうまくいかない面があるわけですから、早く知識を吸収していく、そして経験が必要であると思います。

また、そういう経験から勘というものが次第にできてくるわけですから、そういうものを養っていかなければならないんです。けれども「2〜3年でまた変わるから辛抱しとったらええわ。」という気持ちでやられるとほんとに辛い。私も管理職として辛い立場も経験したことがあります。いい方向にとるか、悪い方向にとるか職員の指導というものは大変重要になってまいります。できればプロパーの専門職を育てていくやり方が望まれるわけですが、これもまた問題が

 

 

 

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