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■ 基調講演 ■

 

痴呆性老人へのケアとはなにか

 

聖路加看護大学学長、聖路加国際病院理事長

日野原 重明

 

今回の高齢者のケアに関する国際シンポジウムにはアメリカ、スウェーデン、オーストラリアからの高齢者痴呆ケアの第一人者の講師を迎えて、施設および在宅ケアの連携について専門的意見を述べていただき、そのうえで、日本側との合同協議を行いたいと思っています。

私は、まず最初の演者として、痴呆性老人のケアの本質に触れた私の見解を述べたいと思います。

 

日本における痴呆性老人の数と種類

 

日本では、痴呆患者としては、戦前は梅毒による痴呆が、痴呆の原因のなかで一番多いものとされていました。私は昭和12年に京都大学医学部を卒業しましたが、そのころは、入院患者のなかで男性の1〜2割は梅毒反応陽性の患者があり、ワッセルマン反応のほか、日本人学者の考えた血清反応として井手反応とか村田反応とか名付けられた判定法を用いて梅毒を診断していました。私が昭和16年に聖路加国際病院に就職した当時、入院患者の全例に梅毒反応を行っていましたが、男性の入院患者の1割に梅毒反応が陽性でありました。梅毒患者には水銀剤の塗布、サルバル酸の注射が長期行われていましたが、その治癒率は低いものでした。戦後ペニシリンが現れて、その歴然とした効果をみました。

終戦前後の日本人の平均寿命は49歳であり、そのころの老人人口はいまよりずっと少なく、梅毒による痴呆患者数も数のうえではあまり問題になりませんでした。

当時の内科病棟に痴呆性老人の入院はまれで、梅毒性痴呆は、当時梅毒を扱っていた皮膚科医の指示のもとに痴呆患者は、精神科病棟で治療を受けていました。

戦後は、梅毒はペニシリンで治療されるものが多く、梅毒性痴呆患者は影をひそめましたが、その後、日本人の平均寿命が延長して、老人人口が増すにつれて痴呆患者が次第に増加してきました。日本と西欧では痴呆症の原因決定に差があるようです。今日、日本の痴呆の多くは、?@脳血管性痴呆とアルツハイマー型痴呆で、その他、神経疾患、アルコール中毒、うつ病、エイズ患者の間に痴呆は少数あります。西欧での痴呆の多くはアルツハイマー型痴呆ですが、日本での高齢者痴呆の分類では、一番多いのが脳血管性痴呆、次いでアルツハイマー型痴呆といわれてきました。しかし、最近では脳卒中が減少したことや、分類上の判定基準での幾分の変化も加わって、現在では、第1がアルツハイマー型、第2が脳血管性痴呆といわれるようになりました。日本では、その病型は何であれ、痴呆の初期の老人の多くは在宅で看護されてきましたが、これが重症になるにつれ、在宅ケアでは家人がついていけなくなり、施設ケアを希望するニーズが増えたのですが、施設数が不足しているために、在宅ケアを余儀なくされている例がきわめて多いとされています。

さて、日本における痴呆症の発生頻度を正確に調べることはきわめて難しいことですが、一応、その統計は厚生省から報告されています。厚生省の報告(平成5年度、1992)によると、精神病院に入院中の65歳以上の痴呆患者数は3万人を超え、そのうち、脳血管性痴呆型はアルツハイマー型痴呆型の約3倍に頻度が高いと報告されています。しかしこのことは、日本では脳血管性痴呆をもつ痴呆患者が介護上多く入院または入所する必要から生じた影響が大きいと思います。高齢化に伴って、痴呆性老人の数は増しますが、平成2年(1990)の厚生科学研究による統計では、全国痴呆性老人100万人のうち25万人が施設に入所しています。これから先の平成12年(2000)には、100万人が160万人に、平成27年(2015)

 

 

 

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