ただいま紹介いただきました週刊釣りサンデーの小西でございます。
今日は釣りサンデーの小西というよりか、大阪湾会議・日本渚保存会の肩書きの方でのお話が主になると思います。しばらくご静聴ください。
自然環境を守る
大阪湾会議というのは、今から13年前にフェニックス計画、まあ、ごみに関心の皆様方には、とっくにご存じと思いますけど広域環境設備法案という議員立法でできました、通称フェニックス計画、ごみを広域処理して、大阪湾、東京湾に埋め立てる、こういうふうな計画でございます。
東京の方は議案を審議中に反対運動が起こりまして、結局、センターの政策との目途がつかないまま、現時点でも東京湾フェニックス計画はつぶれたままです。
大阪の方は誰も反対する人がなくてすんなりといきまして、13年前にアセスメントが出た時点で、これ以上黙って見過ごしてはおれないというので、私たちで大阪湾会議というのを作りまして、初めてフェニックス計画にもの申して以来ずっとやってきております。そういう点では、本日お集まりの皆さんと直接的な関係がある団体でございます。
ごみの問題、日本は土地が狭い、山や島にため込みますと、小豆島の豊島の問題とかいろんな所で問題を起こしています。海に埋め立てて人工島を作る方がもっともベターな解決法ではないだろうかいうふうなコンセンサスめいたものがありまして、フェニックス計画というのがスタートしたものと思います。しかし、私自身は海の環境問題をこれで28年くらいずっと引き続きやっております。海の環境という視点から考えますと、海に埋めてしまえばいい、海に捨ててしまえばいいということは、非常に安易な考え方であって、私たちの昭和、平成の時代だけで考えますと、それほど瀬戸内海も東京湾もだめにならずにまだ自然を保っているだろう、しかしその発想は昭和、平成の我々がごみを海に捨てて島を作ればいいんだと。それを容認するということは、我々の次の世代、次の次の世代、我々の子、孫に至るまで海を埋め立ててごみを処理したらよいという考え方を、けしからんと否定する発想を放棄したということになるのです。百年経ったらどうなるか、大阪湾は大阪運河になり果ててしまう、そのことも含めてそれを認めるという考え方にたたない限り、簡単に大阪湾や、東京湾にごみの島を造ってもよいと、そういうふうなことにはならないのではないかというので、ずっとフェニックス計画にもの申してきましたが、こういう声は日本では、ごくごくわずかです。
フェニックス計画のことをマスコミもほとんど取り上げません。そういう中でフェニックス計画というのは大阪湾では現在も進行しています。後ほど最近の計画をお話しする機会があると思いますけど、まあ、そういうふうなことで私たちの大阪湾会議のスタートというのは、日本のごみをどう考えるか、それが視点となりまして生まれた、海をもっと大事にしようという住民運動の団体です。私自身のことにふれますと、20数年間、毎日新聞記者をやっておりまして、昭和51年の49歳の時に、好きでなった新聞記者を振り捨てまして、そして今の週刊釣りサンデーを起こしました。週刊釣りサンデーを起こした理由はいくつかあるのですが、それは日本で魚釣りというのは随分と歴史があるのです。しかし、日本の社会の魚釣りの受け止め方は、たかが釣りなんです。釣りを文化として認める、そういうふうなものの考え方は日本にはないのです。
魚釣りというのは暇をもてあました素浪人がやるとか、あるいは、リタイアした人が暇つぶしにやるとか、というふうな受け止められ方なのです。しかし、実は世界で魚釣りというのは単なるハウ