第2部 米国における油汚染事故の生態保全戦略
座長 東梅 貞義(世界自然保護基金日本委員会 自然保護室)
講演
油濁事故対応における野生生物保護:アメリカ合衆国現場統轄指揮官の役割について
米国沿岸警備隊極東地区司令部司令官
ジョゼフ・ブルソウ
要 旨
1990年に制定された油濁法(On Pollution Act of 1990,以下OPA90)により、事故現場を担当する米国沿岸警備隊の連邦現場統轄指揮官(Federal 0n-Scene Coordinator,以下FOSC)に,油流出事故対策計画における権限と事故発生時の対応指揮の権限が与えられた。また、OPA90の発令により、以前に比べ野生生物に対する対応は十分熟慮されたものとなった。対応時の国家的優先順位の決定、自然資源トラスティー(受託者)(Natural Resource Trustee,以下トラスティー)の任命、階層別緊急時計画の作成が義務づけられた。また、緊急時計画は野生生物保護の観点で作成されなければならず、FOSCは対策指揮の際、関係するトラスティーとの協議が必要とされている。OPA90では、緊急時計画立案と事故対策においてNGOの積極的な関与を奨励する旨が明確に記載されている。
は じ め に
世界中の海上原油輸送が変わる一連のできごとのきっかけとなったのは、1989年アラスカのプリンスウィリアムサウンドにおけるエクソン・バルディーズ号が積載した原油を流出させた事故であった。またこれにより米国における油流出事故対策と対応準備の方法も大きく修正された。この道のりは決して容易ではなかったし、厳しいものであった。沿岸警備隊を含む油流出防止および対策準備に責を負う組織は、マスコミの厳しい批判を浴び、議会はこのような環境破壊を二度と繰り返してはならないという決議を表明し、OPA90を発令させたのである。その後、時の経過と共に油濁事故対策は多くの面が改良され、特に野生生物保護を事故対策に組み込むためにFOSCの対応能力は格段に飛躍した。
OPA90では、油流出事故処理にかかる費用と対策、防止など広範囲にわたる問題が記載されている。船舶・設備が引きおこした油汚染に対応するための包括的な防止方法や、対策、責任、補償についての体制も整備された。
OPA90は、船舶建造時の条件や乗務員資格制度、人員管理、緊急時計画作成の義務づけと連邦政府対策能力の向上、強制的権限の拡大、罰則の強化、新しい研究や開発プログラムの作成、事故責任範囲の拡大、必要とされる財政責任能力の増強をすることにより、連邦政府がより強力に石油輸送の監督および環境的防止手段を講じることができるようになった。
OPA90の大部分は、法律と同様の行使力を持つ国家緊急時計画と呼ばれる連邦政府規則に基づいて履行されている。