は じ め に
フランスでは、家族を扶養することは社会的リスクとして捉らえられ、社会保障制度には老齢と疾病に並んで家族部門が設けられている。家族給付の種類は20余りあり、その豊かさと多様性において他の国々に比べて群を抜く制度となっている。
1938年という早い時期にフランスでは家族手当が創設された。社会保障法典の成立(1945年)に先立っているのである。子どもを養う者に経済的援助を与えるという考え方は、カトリック家族擁護主義理論が生み出したもので、家族手当の前身はすでに19世紀後半のフランスに存在していた。
しかしフランスの家族政策の歴史を考えるときには、同国の深刻な人口問題を無視することはできない。18世紀末にはロシアを除けばヨーロッパで最も人口が多い国であったフランスは、その百年後には他の列強国に追い抜かれてしまう。19世紀を通して出生率が低下し(他のヨーロッパ諸国より一世紀早く産児制限がなされたといわれる)、フランスは世界で最も早く高齢化社会を築き上げてしまった。普仏戦争敗北の屈辱挽回を図った第一次世界大戦では大量の死者を出し、さらに1935年から1938年にかけては死亡数が出生率を上回るという危機に直面する。人口が弱体であれば国際的地位も失うという考え方が、出産奨励を全面に出した家族政策を生み出す結果となった。フランスのベビーブームは1946年から1964年頃まで続く。
しかし戦後の平和な時代になると、フランスの家族給付制度は次第に公平性の原則と社会的連体性の原理が支配的になってくる。夫に絶対的権力を与えていた民法も、20世紀に入ってから徐々に改正され、妻の権利が認められるようになった。フランスの家族のあり方も、避妊薬が普及する1970年代から大きな変貌を遂げる。少子化、核家族の増加、共働き夫婦の増加、結婚の減少、自由結婚と呼ばれる同棲カップルの増加、離婚の増加などが顕著となった。さらに離婚による片親家庭や、子どもを連れて再婚する者が築く複合家族が増加したために、子どもたちにとっても家庭環境は大きく変化してきた。
フランスの家族政策は、こうした家族の変貌を配慮して改善されてきた。柱となっていた出産奨励主義とカトリックの家族擁護主義に加えて、個々の生き方を尊重する個人主義も政策の目的に加えられているようにみえる。
この報告書はフランスにおける今日の家族政策を紹介することが目的であるが、フランスの人口問題と家族の変貌を知らずには政策を理解することができない。従って本稿では次のように記述を進めることにする。
■ フランスの人口と出生動向の推移
■ フランスの家族の変貌と現状
■ フランスの家族政策の歴史と現状
1997年12月ブルゴーニュにて
フランス高齢者問題委員会
特別研究員 大島 順子(OSHIMA Junko)