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・呼吸側の変更:一般的には呼吸側へのローリングが大きくなるため,障害側が呼吸側の反対側であれば障害側で呼吸を行い同側へのローリングを大きくさせる。

5)柔軟性,ストレッチング:肩関節の可動域が狭いと当然インピンジメントの機会も増してくる。一流の水泳選手の多くは小学校低学年,あるいは就学前から水泳競技を開始している。それらの選手のほとんどは,関節の柔軟性に優れており柔軟性の不足がインピンジメントを招いているとは考えにくいが,中学・高校から競技を開始した選手には,柔軟性に乏しいが故に症状を引き起こしている者が多い。これらの柔軟性に乏しい選手に対しては,肩関節可動域拡大を目的としたストレッチングを指導する。

6)外旋筋力の強化:経験年数の長い水泳選手には肩関節の多方向性の不安定性を有する者が多い。水泳練習の際,距離が延びるにつれ肩関節の動的安定機能を有する外旋筋群が疲労し,推進力に大きく寄与する内旋筋群が優位となり,肩関節の安定性が保たれなくなり,インピンジメントを起こし易くなる11)。このため,外旋筋群の筋力,持久力を充分につけることを指導する。方法としては,図18の如く,ゴムバンドを両手に持ち,これを引くことによって簡便に筋力トレーニングを行うことができる。クラス3,4程度の状態であっても,大切な試合を目前に控えているような状況においては,安静や,筋力強化等の対処では間に合わない場合も生じる。この様な際には,医学的サポートとして,消炎鎮痛剤の経口投与や局所麻酔薬等によるブロック注射等の処置が必要になる。但し,試合直前の薬物使用に際してはドーピングコントロールに申告する必要があるので注意を要する。

 

4. まとめ

 

バタフライに多く見られる障害について腰椎分離症,水泳肩を中心にこれまで行われてきているスポーツ医学的研究報告をまとめた。これらのことから,成長期の選手に対して,いかにして障害をおこさせないで,競技力を向上させるかが今後の課題となるように感じる。多くの選手に,同一のきびしい負荷を与えて,その中から生き残った選手のみが伸びていくという状況は,競争社会の原則であり当然であるという意見もあるとは思うが,何らかの障害を理由に落伍していく選手の中には,適切なケアーを行っていれば障害を克服し優秀な選手になっていた者もいるはずである。

障害と隣り合わせの環境に身をおく競技選手を指導する者は,適切な対処法によって障害を軽減させることができることを充分に認識し,障害による落伍者を出さない努力をするべきである。このことは,選手の層を厚くすることにつながり,日本の水泳界のレベル向上に役立つものであると確信する。

 

●参考文献

 

1)河野左宙他:スポーツとの関連における脊椎分離発生過程の追及,日整会誌,49:125−133,1975

2)Mutoh Y:Low back pain in butterfliers. Swimming Medicine ,University Park Press, Baltilmore,pp115−123,1988.

3)吉田 徹他:発育期腰椎分離症のMRIによる早期発見と装具療法.整・災外,39:819−827,1996.

4)鎧 邦芳他:発育期腰椎分離症に対する装具療法 −骨シンチグラフィによる患者選択− 整・災外,39:809−818,1996.

5)金岡 恒治・武藤 芳照:水泳のスポーツ障

害 NEW MOOK整形外科No.3:266−274 1998.

6)McMaster WC,Troup J:A survey of in-terfering shoulder pain in United States competitive  swimmers. Am J  Sports Med, 21−1:67−70,1993.

7)武藤 芳照他:水泳選手の肩関節痛について. 整形・災害外科,12−4:367−372,1979.

8)若吉 浩二:クロール泳の科学.クロール泳に関する調査研究報告書,日本水泳連盟,東京,pp15−23,1995

9)Johnson」JE et al: Musculoskeletal inju−ries in competitive swimmers Mayo Clin Proc,62−4:289−304,1987.

10)武藤 芳照他:Swimmer's shoulder, 整形外科Mook,27:50−59,1983.

11)McMaster WC:Assessment of the rotator cuff and a remedial excercise pro−gram for the aquatic athlete.Medicine and Science in Aquatic Sports,Karger,Basel,pp213−217,1994.

 

 

 

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