記録とした場合の各局面の目標値は次の通りに求められる。
スタート局面(sec):
0.0514×58+1.2791≒4.26
ターンイン局面(sec):
0.0394×58+0.6615≒2.95
ターンアウト局面(sec):
0.0626×58+0.7078≒4.34
フィニッシュ局面(sec):
0.0610×58−0.5466≒2.99
また95%信頼限界を利用すると,技能の評価も可能となる。例として図8に女子100mバタフライにおける競技記録とスタート局面の関係を取り上げ,推定式と95%信頼限界について解説する。推定式を黒の直線,推定式+95%信頼限界を青の直線,そして推定式−95%信頼限界を赤の直線で示した。95%信頼限界とは目標値のレベルの選手が95%含まれる許容範囲のことを示し,それは目標値±95%信頼限界で得られる。つまり統計的には標本(図中の実測値)の大半が目標値±95%信頼限界の範囲に含まれることになるわけである。このことより推定式(黒の直線)から推定式−95%信頼限界(赤の直線)の範囲(図中の水色の範囲)に含まれる選手は,その局面の技能に優れていることを表わしていると考えられる。逆に推定式(黒の直線)から推定式+95%信頼限界(青の直線)の範囲(図中の黄色の範囲)に含まれる選手は,その局面の技能に劣っていることを表わしていると考えられる。またこの範囲を越える遅い選手については,その局面に何らかの問題があったり,逆に速い選手については長所になっていることが考えられる。例えば,女子100mバタフライで58秒00を目標記録とした場合のスタート局面においては,目標値が4.26秒,95%信頼限界が0.29秒であることから,目標値−95%信頼限界が3.97秒,目標値+95%信頼限界が4.55秒と求めることができる。
このように推定式はトレーニングの具体的な目標値の設定やレースの評価,そして各局面の技能の評価を簡便に行うことなどに利用でき,コーチングに貢献するものといえる。
7. おわりに
以上,バタフライのスタート,ターンおよびフィニッシュ局面における所要時間を短縮するために重要となる動作のポイントについて解説し,さらに各局面をより簡便に評価する方法として局面推定式について紹介した。トレーニングとは競技力を向上させるために生まれた課題を解決する場であるといえる。その課題を発見するためには,これまで頼ってきた選手・コーチの経験に加えて,科学的な視点からの協力が必要である。今回の報告が,競技力向上の一助としてトレーニング現場に役立てられれば幸いである。
写真は日本水泳連盟競泳委員会および医・科学委員会提供のビデオを編集し,作成したものである。
●参考文献
1)河合正治:勝負を決めるスタート・ターン技術,スイミング&ウォーターポロ・マガジン,14(12),pp66−69,1990.
2)日本水泳連盟:スタートとターンの力学,水泳コーチ教本,pp47−50,1993
3)日本水泳連盟医・科学委員会:第71回日本選手権水泳競技大会兼パンパシフィック・ユニバーシアード大会選考会競泳レース分析表,1995.
4)日本水泳連盟医・科学委員会:第72同日本選手権水泳競技大会兼アトランタ・オリンピック代表選手選考会競泳レース分析表,1996.
5)日本水泳連盟医・科学委員会:第73回日本選手権水泳競技大会兼パンパシフィック・ユニバーシアード大会選考会競泳レース分析表,1997.
6)野村照夫:平泳ぎの科学―スタート,ターン,フィニッシュについて−,平泳ぎに関する調査研究報告書,pp31−41,1995.
7)野村照夫:背泳ぎの科学-スタート,ターン,フィニッシュについて−,背泳ぎに関する調査研究報告書,pp41−51,1996.
8)若吉浩二:みんなで楽しもう『水泳の科学』,スイミング&ウォーターポロ・マガジン,21(13),pp66−68,1997.