岐阜県岐阜市
鶉剣道スポーツ少年団
小学六年生
坂本怜音
「行ってきます。」
「行ってらっしゃい。気を付けてね。」
いつもの様に、母の声に送られて、週三回、竹刀をにぎりしめて、体育館に走るのも六年目になります。六才のころ、偶然テレビで、「全日本選手権大会」の放映を見て、日本一を決める、 一対一で向き合う緊張感に、すごく感動し、あこがれました。そして、僕は、入学と同時に校区の少年団の剣道部に入部する事を決心しました。しかし、困ったことが一つありました。入学以前から、スイミングクラブと器械体操教室に通っていたからです。剣道のけい古は週三回あります。先生の「週一、二回でもかまわない」。という言葉に甘え、入部したものの、他の二つは、上達すればする程、練習時間は増え、強化練習に合宿、記録会に試合と時間に追われる毎日になりました。四才で四泳法を泳ぎ、五才で選手クラスでがんばってきたスイミングです。器械体操も宙を回る喜びで夢中でした。どれも、大好きでがんばってきた事なので、どんなに忙しくてもやめる決心がつかなかったのです。たとえ練習する時間は少なくても、 一回一回を一生懸命頑張りました。しかし、練習をこなせない負い目があせりとなり、自信すら失いかけていました。自分の事は自分で決める。悩みに悩んで、三年生の時先生に話しました。「剣道をやめようと思います。」僕の話を、先生は、 ニコニコとやさしい笑顔で、うなずいていました。そして、「悪かったなあ。そんなに気を付かわせて。」と言うと、さらにやさしい目で「レオ、お前はとてもがんばりやだから、 いつかきっと強くなれる。もし、剣道がきらいでなかったらあきらめるな。」と言いながら、僕の頭に手を置きました。心にしみるやさしい声でした。ふるえていた体がぴたりと治まり、胸の奥の方からうれしさでいっぱいになりました。あれもこれもと欲ばって、苦しんでつらい思いもしましたが、「剣道を続けよう」と決心しました。どれも好きでがんばってきた毎日です。勝った負けたとこだわる苦しみより、選たくをしなければならないつらさを知って、続ける大変さと、続けられる喜びを知りました。