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第3回 委員会

平成10年1月29日

C

はじめて山を囲む10市町村が集まって、検討を重ねてきたことは評価すべき。しかし温度差を実感した。当たり前だが都市化の一方で過疎化がある。議論の方向性は、古くは山に目を向けて生活をしてきたが、高度成長以降川下に目を向けだした、地域文化の変化に対し、今後どう山に目を向けるか。観光、農林、生活、開発、等、いろいろ向け方がある。その方向が議論になってきたが、連携の本質は、強化のための連携、また補完のための連携か、自ずと明らかになる。住民には○○町、○○村といった枠は関係ない。同じ山をバックにしてきた問題を持ってきた地域の連携とは何なのか。ある意味で意義のある委員会だと思う。

D

榛名山麓は地域単位であるのか。すそ野が長いということは共通項とは違う。景観区としての議論になるのではないか。山麓は歴史的、文化的にまだ掘り下げられていない。「誌」をそのまま「好」とするのは危険。榛名山は雨乞いの神だけではない。二ッ岳誕生時の噴火で子持村や高崎のあたりまで火山灰に埋まってしまったように、山は恩恵だけでなく恐怖をももたらしてきた。「山の神」「湯の神」という2つの神格を統合できるのか。ぐんまは「くるま」から来ている。「車の神」で八つにつながる。長野氏の勢力圏にふれていないのは残念。長野業政や上杉謙信は「私」でなく「義」で戦った。近現代について言えば、20〜30年代に夢二、60〜70年代に土屋文明といつた文化人の関わりがあるが、夢二、シャンソンなどに日本の心のエッセンスが20〜30年代にある。そこから新人芸術家の登竜門、日本のふるさととしてのイメージゾーンといったものが浮かび上がる。

C

ここでいう榛名山文化は人々の生活面から考えていっていること。水資源の恩恵だとか生活文化としての関わりをどう考えていくのかということ。

D

榛名山は生活の場というより神の域とされてきた。聖なる場所として見直すことが山に目を向けることだ。

A

景観域、地域景観はある意味で文化性を持つもの。20〜30年代のつかの間の日本文化、こういう位置づけがあればいいが。そして夢二がなぜ出てくるのか等の説明がほしい。

D

大正時代のイメージから言えは「榛名好」というより「榛名倶楽部」といった感じだと思う。

K

榛名山文化にこだわるのはわかるが、むりやり共通の文化から基本理念を位置づける必要があるだろうか。外に発信する部分ではそれほど気にしなくてもいいのでは。榛名山への思いは地域によってかなり違う。

L

今後どうやって花を咲かせるか。例えば10市町村が毎月場所を代えてイベントを実施するとか。

K

主要プロジェクトをこれからどうつなげるか、住民にとつて何が大切なのかを考えながら、必要な市町村が集まって協議会の傘下に専門部会を作っていくというようなことを6-4あたりに盛り込んでいただきたい。

F

榛名山文化、榛名好と共通項を作るのはわかるが。榛名町にあるから榛名山を好きになるわけではない。一つのものを作ってみんなで出し合えばいい。各市町村のみなさんは中国山地の県境サミットのように継続してやる意志はあるのか。まだ確認できない。

N

初めて箕郷町を通って帰ったら吾妻まで約80kmあり、すそ野の広さを実感したが、その広い領域で、共通項をできるだけひろいあげていく。

S

方向としては具体的に単年でこれをやるということにはならない。できるものから順次やっていくということ。

J

議論を尽くしきれるものではないと思うが、報告書はこれでまとめてほしい。また議事録を資料編に加えていただきたい。

 

 

 

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