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これは、現代世界にとって、あまりのぞましい兆候ではない。いや、逆に危険な兆候である。「私企業」は放っておけば悪いことばかりするから規制をつよくせよ、という声が高まれば、自由競争によってよりよい商品やサービスを提供しようとしている企業の意気ごみは萎縮してしまう。そして、規制や監督を強くせよ、というのが国民の声であるなら、いつのまにやら政府が強力になり、独裁的な全体主義国家への道を歩むことになるだろう。じっさい、歴史をふりかえってみると、全体主義国家をつくったのは、E・フロムなどの論考をまつまでもなく、その頂点に立つ独裁者ではなかった。それは、そういう独裁者を求める「私」たちにほかならなかったのである。われわれの社会は規制緩和だの自由化だのという自由な「私」への道を歩みつつあるように見えるけれども、じっさいにはその逆の流れに乗っているのかもしれない。

すでになんべんものべたように、「公」と「私」は単純な二分法で理解したり、議論したりできる性質のものではない。われわれはおおむね「公私混同」という、わかちがたき混沌のなかで、その「混合比」を調整しながら生きているのである。ひとりひとりの心や行動のなかでその調整がじょうずにおこなわれたとき、はじめて「公」も「私」もたのしく、ほがらかになるにちがいない。そして、そうした個人のなかでの調整の積分としての社会がそれに連動することは、あらためていうまでもあるまい。

 

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かとう・ひでとし

中部高等学術研究所所長。1930年東京都生まれ。一橋大学卒業。京都大助教授、ハワイ大教授、学習院大教授を経て現職。マスコミ論、世相論、比較文化など多角的に現代社会を洞察してきた行動派の社会学者。著書に『文化とコミュニケーション』(思索社)『見物の精神」(PHP研究所)などがある。

 

 

 

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