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【5月2日 ベルリン】

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昨日のミュンヘンでの休日は、部屋でリードの調整をしてさらった後、ガスタイクでのバイエルン放送響のゲネラルプローべを見学。観光こそしなかったけど、充実した一日を送れたおかげで、翌朝の目覚めはよかった。さあ、今日はベルリン公演だ。あのベルリン・フィルハーモニー管弦楽団の本拠地フィルハーモニーベルリン・グロッセコンツェルトザール、カール・ライスターも座っていたあの席で自分が演奏するのか、みたいな妙な興奮と緊張感でミュンヘン・ヒルトンの朝食のキーンと冷えた氷入りガスなし水を6杯も飲んだ。まあそんなことはどうでもいいんだが、そのくらい高いテンションで“いざ鎌倉”ならぬ“いざベルリン”へ。

空港からは宿泊するホリデイ・イン・クラウンプラザヘまずチェック・イン。フィルハーモニーへ向かうバスの出発まで2時間ほどあったので、ヨーロッパセンターを中心にツォー駅周辺を一人歩きした。今回の旅行が海外初めての僕にとって何もかも新鮮だったが、この旅行も今日で11日目。少しヨーロッパの雰囲気にも慣れてきたせいか、街並みは他の都市とあまり変わった感じはない。ただドイツの中心地だけあって、歩いている人々は、だいぶ昔の言い方だが、NOWい。少しロンドンのエキスが入っている感じがしたけどミュンヘンと比べるとこっちの方が原宿である。ファッショシビルに入って洋服を見てみるとドイツ製のものはパッと見ていいと思って手に取ってみると、何だか素材も造りもおおざっぱで僕の趣味ではない。「おっ、いいな」と思うとポール・スミスやらアルマーニやら、他国のブランドばかり。やっぱり正直言って、あまりお酒落な所ではないなあと感じた。しかしホールに着いたら、お酒落だ何だなんて問題じゃない。大げさな言い方だけど、凄い威厳のあるフィルハーモニー・ベルリンが聳え立っていた。バーンという感じに。

そこからはずっとオーケストラの世界だった。広いステージ裏にはカフェがあり、そこにはそれぞれの楽器をモチーフにした絵が飾ってあって、あらゆる所にはBPOのスケジュールやコンサート案内が貼って有る。僕が入った楽屋はどうも木管楽器の部屋みたいな感じで、ファゴットのスタンドがいくつか置いてある。壁には22個のロッカーがあって、机の上にはフェルトのようなものが貼ってあって、楽器などを置いてもガツンといわない。楽屋の照明も天井から低くぶら下がっているスポットライトみたいなやつで、ダブルリードの人がリード削りをするには最高のシチュエーション。 おまけに楽屋の音の響きもよく、いいリードを選択できそうな環境、すべてがオーケストラ・プレイヤーのために作られている空間だった。一方ステージは、サントリーホールとガスタイクと小さな国技館を足して3で割ったような感じで、前にも横にも後ろにもたくさんの客席がある。ちょうどホールの空間の中央にオーケストラがいるような具合である。記念撮影をするためにゲネプロでみんな燕尾に着替えていたせいもあるが、客席から見るとオーケストラがひとつの美術品としてステージに飾られているようなほどしっくりマッチングしていた。そして音は、アムステルダムのコンセルトヘボウと比べると、幾分自然な響きという感じはしなかったが、落ち着いた空間によくなじんだ響きがする。とてもバランスがとれている感じがして、木管楽器の音が埋もれず、もぐらず、しっかり響く。「ああ、やっぱりBPOはいつもこんな所でリハーサル・本番をこなして音を作っているんだなあ」と思わせる素晴らしいホールだと思った。

そして開演。聴衆の入りはまあまあ。皆きちっとした服装で、どちらかというと年輩の人の方が多かった感じがする。緊張の本番。「鳥たちの時代」が終わった。拍手がとても長く続く。マエストロは2度カーテンコールをした。僕はこっちの聴衆は我々に対しての礼儀も正しいなという印象を受けた。ガヴリーロフのソロはなんだかしっちゃかめっちゃかだった気もするけどブラヴォーも出たし、ファリャもアンコールも滞りなく進み、無事演奏会は終了した。
コンセルトヘボウの時も感じたのだが、僕自身の好きな自然な響きのするホールは、このフィルハーモニー・ベルリンを含め、聴衆の拍手の音が違う気がする。それはこっちの人の叩き方が違うのかも知れないけど、手と手を叩いた時の皮膚に当たる音よりも、その時起こる空気の破裂するみたいなものがよく響く感じだ。この後のウィーン・ムジークフェラインなども、どんな素晴らしいホールなんだろうと、期待が膨らむぱかりである。
(伊藤寛隆 クラリネット)

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