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代)娘(60代)であった。介護者は基本的に一人で介護にあたっており、息子が同居していた症例5,6のケースでも、息子は実質的に介護に関与していなかった。症例は少ないが、中山の報告にもあるように、介護者はほとんど老妻か嫁で、交代可能な副介護者のいるものはごくわずかという実態がここでも認められる。

介護者が一人であるということは、日常的に拘束状態に置かれているということであり、ヘルパーの派遣も半日単位の日を設けるとか、ショートステイの積極的な利用を勧める必要がある。しかしヘルパーの訪問も1〜2時間程度で、とても介護者の半日解放とまではゆかないのが現状である。ショートステイも、症例3で2回試みられ、妻にとっては介護研修会に参加したり、休息になったと大変喜ばれた。しかし、患者が行きたくないとの訴えで、何度も行うことができなかった。介護者の休養という意味では短期入院という方法もあったが、症例5のように家族(息子)の理解が得られなかったり、症例6のように患者本人の了解が得られなかったケースもある。

また症例3や6では、徐々に下肢の屈曲拘縮が進んでいったにもかかわらず、介護者による関節可動域訓練は実質的になされなかった。この点では、更に医療や福祉の側からのアプローチが必要であったと考えられる。特にこの両者は、経過中に褥創を形成したことからも、介護力に限界があったことを示している。北欧レベルなら、夜間と深夜帯にヘルパー訪問〜訪問看護がなされる対象者であったと思われる。特に症例3の介護者は、長期にわたる介護疲れで、心身ともにサポートを必要とした。

6例中、当院が訪問看護を始めてから亡くなったのは症例3のケースだけだったが、症例1,2,4,5のケースについても介護者のサポートや、入浴介助〜清拭、ROM-E指導等、訪問看護の関わる分野は多いと考えられた。今後の在宅ケアの中で、訪問看護や訪問リハ、保健婦の訪問指導など、介護に関するスタッフの果たす役割がますます高められなくてはならない。
介護力については、家庭内介護力が充分でなくても、社会福祉資源(社会介護力)の導入により在宅療養が可能になるという報告もあり、今後高齢者の一人〜二人暮らしが一層増える中で、介護の社会化(公的な保障)は避けることのできない課題といえよう。

C.福祉

全体を通して、福祉サービスの利用は、望ましい最低ラインの半分程度しか行われていないのが現状である。入浴サービスやヘルパー訪問については、どの症例も実際の2倍程度が望ましかったし、ヘルパー訪問のない症例ですら、週1〜2回は必要と思われた。

また訪問リハビリは、現在島内では取り組まれておらず、わずかに症例6が、以前入院した病院よりPTが不定期に訪問をしていたにすぎない。ROM-Eも、往診や訪看の際の指導だけで、とても実際的な訓練まで行なわれていない。今後はPTやOTなどによる訪問リハを、行政の施策とも絡ませてどのように作り上げてゆくかが課題である。

デイサービスは、ベッド上生活の症例3を除けば、6例中5例は参加が望ましかったのに、一人も参加されていない。これは、平成6年度までは島外の施設で行われていたため、もっぱら移動手段の問題で利用できなかったためである。症例1については、平成7年度から島内でデイサービスが開始されたにも関わらず、本人の偏見もあって(痴呆老人の行く所、町の世話にはなりたくない)利用されなかった。この種の偏見は、まだ老人の中には根強く残っており、当院の外来患者でも一旦は参加したものの、年寄り扱いされたとかぽけた者と一緒にされるといった気持ちから中断する者がいた(もちろんデイサービスの在ケ)方自体も問われている)。一方症例1の患者は囲碁の大好きな人であったので、個別に囲碁の相手をしてくれるボランティアを養成できれば、この人のQOLは実に豊かなものになったに違いない。同様に、個々の症例に応じたきめ細かい対応の工夫が必要であったのではないかと反省させられる。

長期療養者にとって、「生活全般の活性化」により廃用症候群形成悪循環を断つことが、ADLを維持して行く上で重要と言われている。デイサービスに限らず、同じ年配の人に定期的に訪問して話相手になってもらうとか、同じ趣味を持つ人に訪問してもらうなど、集団から個に応じた生活の活性化も必要となっている。

 

 

 

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